微量毒素


First Love *** 初恋 ***

李;初めて好きになった相手をどうにかしたいと思った?

妃;どうにかしたいって、どういうことよ。

李;肉体的な接触をしたいと思ったかどうか、ということを訊きたい。

妃;肉体的な接触ねえ。なかった、と思うわ。

李;ちなみに、いつ頃?

妃;小学校の5、6年ころかな。李は?

李;やはり中学校、と答えるのが妥当だろう。小学校の時にもあったはあったけど、恋とまではいかない気がする。

妃;へえ。難しいね、そのあたり。恋とまでいかないってのは、どこがどうだから、恋じゃないって判断してんでしょ。

李;うん、たしかに難しい。自分の思い込みでしかないな、そのあたりは。それは人毎に違うんだろうね。俺はその相手が、クラスのみんなに人気のある子だったから、好きになったと思っただけで、それは本当に自分が好きになったということじゃないと今思えているから、初恋ではないと判断したんだ。中学校の時は、誰がその子をいいと言ったわけじゃなく、自分でいいと思えたから、それが初恋だと判断した。

妃;なるほど。相変わらず理屈っぽいね。私は、その人を見ているだけでドキドキしたから、それが初恋だって思ったよ。

李;見ているだけでドキドキしたから、恋だと。じゃあ、まるっきり見た目で選んだということ?

妃;いや、違う。外見は関係ない。

李;じゃあ、まず、なんで魅かれたのかな?

妃;男の子に、初めて親切にされたから、かな。それまで、男の子は相手にしてくれなかったり、いじめられたりするだけの相手だったから。

李;親切に?どんなことをしてくれたの?

妃;掃除の時に、私が掃いていたら、ちりとりを持ってきてくれたの。

李;ちりとり。

妃;男の子が、そんなことをしてくれるなんて思っても見なかったから。その時から、その子が光り輝いて見えたわ、冗談じゃなく。

李;ほう。

妃;それからは、その子を見るとドキドキしちゃって。些細な仕草や、表情を見て、いつも新鮮に感動してしまって。もう、他の男の子なんてまったく目に入んなくなっちゃった。

李;へえ。そういうもんなんだ。


妃;そういう李さんはどうなのよ。女嫌いだったんでしょ。

李;女嫌いじゃないさ。女であろうがなかろうが、自分の立場を利用して、それに胡坐をかく奴が嫌いだっただけ。子供の頃は、女の子だから何をしないとかいうケースが多かったんで、結果として女嫌いになったのかも。男も嫌いだったよ、そう言う意味では。

妃;平たく言うと、人間嫌いじゃないの。

李;人間嫌いじゃないね。ちゃんと自分のやるべきこと、やるべき以上のことをやる人間は、認めていたし。

妃;やっぱり、無能者が嫌いなのね。

李;そうだね。中でも嫌いなのは、自分が無能だということを認められない人間。これが多くてね。

妃;さらっと言うなよ、それを。生きていきにくいでしょ、あなた。

李;ものすごくね。

妃;人間嫌いにもなるわな。私はどうなの。認めてもらってる?

李;ノーコメント。

妃;話をするのが嫌になってきたわ...

李;話を戻そう。俺が初めて好きになった子は、元気がよくて、スポーツの得意な、色の黒い子だったな。声が少しハスキーで、声を聞くとゾクゾクしたよ。

妃;人の言うことを訊けよな、少しは。まあ、極めてノーマルな初恋だねえ。

李;俺はけっこうクラスの女の子に人気があったんで、みんなが協力してくれてね。

妃;人間嫌いの癖にね。

李;そこがよかったんじゃないの?大人っぽく見えたのかも。

妃;なるほど。じゃあ、うまくいったんだね。

李;いや、ふられた。他に好きな奴がいたんだ。

妃;あっはっは

李;その時は、恋が破れた痛みというより、自尊心の痛みの方が大きかったね。

妃;そういうもん?

李;俺はそうだったね。妃は?成就した?

妃;私も振られたよ。7年の片思いの末にね。

李;7年って言うのは、もはや恋じゃないね。単なる執着じゃないの?

妃;執着じゃないよ。ずっと好きだったし、大学に入ってからはほとんど会うこともなかったけど、会えた時はものすごく胸がときめいて困っちゃったし。でも、結局相手にしてもらえないままで終わったけどね。

李;どういう形で終わったの?通告があったの?それとも、玉砕?

妃;電話で告白したのよ、大学に入ってから。

李;おお。

妃;嫌いじゃなかったって。

李;ほお。

妃;でも、恋愛対象にはならないって言われて。態度でも示されて。

李;最後通告は?

妃;ないけど、そうなったらもう終わりでしょ。

李;ふうん。最後はプライドをとったんだね。

妃;何ですって?

李;別に。嫌いじゃないって言われたら、俺なら食いつくけどね、ってこと。


李;さて、ではここで本来のテーマに話を戻そう。初恋の時、相手をどうにかしたかった?

妃;キスとかそれ以上のことは、ほとんど考えなかった。考えたことはあるけど、裏づけのまったくない、ほんのりと甘いイメージだけ。

李;それだけ?

妃;頭を撫でられたことがあってね。ものすごくときめいちゃった。

李;恋愛対象じゃない相手にねえ...

妃;別れの時も、頭を撫でられたの。すごく嬉しくて、悲しかったわ。

李;何でそういう時に撫でるかなあ。気に入らないなあ。キープみたいで。

妃;そうだ、ものすごく手を握りたかったな、私は。手をつないで歩きたかった。

李;ほう。ちゃんと肉体的接触を求めたんだね。

妃;そういや、そうね。李はどうだったのよ。

李;俺はキスもしたかったし、抱きしめたかったな。相手の存在を感じたかったし、ちゃんと性欲も感じてたよ。極めて健全にね。

妃;健全にね...


お話を終えて;


李;話を聞いていて、妃は、対等な人間関係が築ける可能性のある異性を知り、その相手と対等に話せるような自分になりたかったんじゃないかという気がする。恋愛感情もあったろうが、むしろいい友だちになりたかったんじゃないだろうか。肉親のように、守ってくれるだけじゃない存在を求めたのだろう。世間的な枠にとらわれずに自分の感情を育てていけば、もっといい人間関係を育めたのかもしれない。それは必ず双方にとってプラスになっただろうに。その点はとても残念な気がする。それに比べ、私のほうは、順当な第二次性徴の賜物で、発展性があまりない。ちょっと、つまらなかったかな。

妃の言い分;わたしは、自分に自信がもてなかったんだと思う。李さんは相手と何かをしたかったかと訊いたけど、初恋の時はそんなことは考えないね。私はその人のそばにいて、対等の立場で話しかけてもらえるようになれば、それ以上のことは要らなかった。手をつないで、歩いていきたかった。どこへ向かってでも。


妃;恋愛っていうのは、分析できるようなもんじゃないと思ってたけど、思い出していくと、けっこう見えてきたような気がする。でも、あの時の気持ちが、本当に今分析したようなものかどうかはわからない。もっと、いっぱい思いはあったような気はするし。なんだかんだ言って、私はまだまだ目覚めていなかったのかな。

李の言い分;確かに、今、考えていることは今の考えで、その時考えていたこととは違うだろう。過去の思いを全て否定するのは愚かだし、もっと大事にしていいんじゃないかと思う。