魔歌:Bonus Track 〜ホーリー・マヤ〜 p.1
魔歌 | start | next |
1 | 報告検討会 | p.1 |
2 | 危ない話題 | |
3 | いろいろ、やりたい | |
4 | 何のための指輪か | |
5 | 過去を誇る女 | p.2 |
6 | 汚れたら、洗うべきこと | |
7 | 闇の声 | |
8 | 歯止めなく、すごい、マヤ |
魔歌:Bonus Track 〜ホーリー・マヤ [ Holy Maya ] 〜 |
李・青山華 |
★ 報告検討会 |
もう、何回目の報告会になるのだろうか。男女が待ち合わせて食事をしたりしながら話をするのだから、デートと言ってもいいのだろうが、まったくそういう雰囲気にはならない。マヤの近況報告と、質問事項に、ホリイが答え、他に気のついたことを教えているのだが、どう見ても教官と生徒、という感じである。ちょっと変わっているのは、その生徒が妙に色っぽいことである。しかし、別にその教官を誘惑しようとかでやっているのでないことがわかるので、余計に奇妙なのだ。教官もまったく動じていない。いかにも、鬼教官と生徒と言う感じなのだ。 きょうも、勘違いをしている年配の者の裁き方などをレクチャーされながら、二人は食事をした。場所はそこそこのレストランで、ディナーコースである。普通なら立派なデートコースなのだが。傍から見ると、この関係は非常にわかりにくい。歳の離れた恋人、なら通るのだが、雰囲気は体育会系の指導会なのである。ちなみに、ホリイは29歳、マヤは18歳である。この歳の差は、微妙である。それでも、何回も行われている報告会なので、マヤが業務に慣れてくるに従い、仕事上の話題も減ってきている。メインディッシュが運ばれてくるころには、一通りの質疑応答も終わり、話題は身近な話になってくる。 「非番の時は何をやっているんだ」 「習い事をいくつかと、後は...なんでしょうか」 「けっこうぼーっとしてんのか?習い事って、何かやってるのか?」 「はい、お茶にお花、着付けに、最近はエアロビクスというのも始めましたの」 「そりゃ、けっこうやってるな」 「前からやっていたものですから、錆び付かせるのが嫌ですので...」 「なるほど、ね...」 マヤは黒屋敷にいたころ、色々なことを習っていたのだ。その技術はかなりのものらしい。ホリイは茶道、華道などまったくわからないので、判断しようもないのだが。きょうもマヤは浅黄色の着物である。 「けっこうかかるんだろう?授業料。月謝っていうのか」 「お着付けは、今は私が任せられている方もおりまして、お手当てをいただいております。茶道と華道も、お教室を持つように誘われているんですが、お仕事がありますので、お断りしております。こちらもお手当てをいただいておりますの」 「もらってんのかよ」 ホリイは思わず突っ込んだ。 「エアロビクスは、初めてですので、とても楽しいですわ。きれいなお召しをいっぱい買ってしまいました」 「お召しって、その...」 「レオタードとかっていうものですわ。綺麗なので、ついたくさん買ってしまって...」 ホリイは頭に鮮やかな妄想が浮かびそうになったので、慌てて首を振り、思考を消して、自分の得意分野に話をもっていこうとした。 「身体を動かすのは気持ちいいよな」 「ええ。あんなふうに飛び跳ねたりすることはありませんでしたから。体中を使うんですよね、エアロビクスって。こんなところに筋肉があったのか、って思うくらい、隈なく動かしてます。身体は柔らかいので、先生に誉められました」 得意そうに言うマヤの話を聞きながら、ホリイはどんな風に柔らかいのか聞きたがる自分を必死で抑えていた。やはりこの話題は危険だと判断し、ホリイはさらに話を変えた。 「格闘技は?ちゃんとやっているのか?」 「一通りの護身術は習っていましたから、それほど必要はないように思っていたのですが、合気道が面白そうでしたので、今、道場に通っております。ホリイ様は空手と柔道をやっていらっしゃるんですよね」 「合気道もやったことがある。一通りはできる」 マヤは目を輝かせた。 「それは、ぜひとも一度お手合わせをお願いします。やっぱり、やってみないとなかなか覚えられなくて」 「それはいいが...」 ホリイの頭の中で、道場で相対するマヤは、いつの間にかレオタード姿になっている。必死で道着を着せるのだが、着せて、安心して一息ついて、見るとまたレオタード姿になっているのだ。 「いかん」 「え?」 「まあ、いずれ」 「楽しみにしております」 「理性が試されるな、この会話」 「何ですの?」 「何でもない。習い事のない時はどんなことをしてるんだ?」 「そうですね」 マヤは考え込んだ。 「絵を書いたり、ご本を読んだり。歌を作ったりもします」 「歌って、和歌だったりするのか?」 「はい。他に歌ってありますの?」 「みんなで声を出して、リズムをつけて歌う奴...これだと和歌でもあるか。歌手が歌ったり音楽に合わせて声を出したりする奴だよ」 何てバカみたいな説明なんだ、とホリイはがっくりきた。 「ああ、声楽みたいなものですね。ああいった歌を作ることって出来ますの?」 「そりゃ、そういう才能のある奴なら作れるんだろう」 「ホリイ様は?」 「まったく、出来ん。残念ながら」 「才能がないんですの...」 悪気はないのはわかっている。わかっているが、この悔しさはどうしたものだろう。ホリイはやけになって言った。 「ちなみに、お茶、お花に着付けも出来ん。まいったか」 「あら、今度教えてさし上げますわ、ホリイ様さえよろしければ。エアロビクスは?」 「できるか!」 「あら、簡単ですのよ、エアロビクスは。おやりになってみてはいかがですか?」 「それも教えてくれるのか?」 「あら、これは無理ですわ。私も始めたばかりですから」 「あ、そう」 ホリイはなぜかがっかりしたように見えた。 「お茶、お花でしたらいつでもどうぞ。お時間を作りますから。着付けは要りませんよね」 「着物の美人をくどきたくなったらお願いするわ」 「まあ。そういうことでしたら、お教えしませんわ、絶対」 マヤはつんと横を向いた。 |
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★ 危ない話題 |
「ホリイ様は、ご結婚なさいませんの?」 「あいにくと、縁が俺を避けていきやがるんだ」 「もったいのうございますね。ホリイ様は、こんなに素敵でいらっしゃるのに」 「持ち上げても、何も出さんぞ」 実際はホリイは、せめて食事代は持ちたいと思っているのだが、マヤは頑なに出させようとしない。こちらがお願いしてお話を聞いてもらうのだから、本来はこちらが持ちたいくらいだと言うのだ。うかうかしていると、本当に出しかねないので、ホリイも最近はこの話題を蒸し返さない。本当のところは、一線を引かれているように思えて、ホリイは少し寂しいのだが。 「あら、私はいつも本当のことしか言いませんわ。どんな方にも、いいところはありますもの」 「すてき、ってのはどんなところに当たるんだ?」 マヤはにこやかに微笑んだ。色が迸るように見えるほど、艶やかな笑顔である。ホリイはくらっとした。 「素敵は誉める所を選びませんの。その人の全部がいい場合に使えるんですのよ」 「...大人をからかうんじゃない」 「あら、からかえるような方では御座いませんでしょう、ホリイ様は。鬼刑事でいらっしゃるから。素敵ですわよ、ホリイ様は」 「...」 ホリイは急に食欲を無くしてしまったようである。しばらく目の前の肉料理を眺めていたが、それでも、目の前にあるものは片付けるべく、猛然と食いだした。食べ始めたら、食欲が復活したようである。 「お見合いとかはされているんですか?」 「しているが、なかなかまとまらない」 「それはようございました。素敵な方が誘惑してはいけない対象になってしまうと寂しいですから」 「そうなのか?じゃあ、何で俺は誘惑しないんだ?」 マヤは目を横に滑らせて、少し寂しそうに言った。 「ホリイ様は、そういうことをしていいお相手じゃありませんもの」 ホリイの肩が、少し落ちた 「対象外ってこと?そうなの?」 「いえ、そういうことではなく...」 マヤは目を合わせない。 「何となく、そういうことをしたら、もうお会いしていただけなくなるような気がして...」 ホリイは少し考え、合点した。 「なるほど。それはそうかもしれないな」 「でしょう...」 マヤは寂しそうに言った。ホリイも何となく黙ってしまった。メインディッシュが下げられ、デザートが運ばれてきた。ホリイは甘いものを見るだけでげんなりしたので、マヤに食べてもらった。マヤは嬉しそうに食べたが、これ1個がエアロビクス1時間分くらいだというようなことを言っている。しかし、ホリイの頭の中で、レオタード姿でケーキを食べているマヤは、どこにも余分な肉がついているようには見えなかった。 |
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マヤはデザートのケーキを食べ終え、唇についたクリームを、舌をひらめかせて舐め取った。そして、ホリイを上目遣いに見つめる。情のこもった瞳で。ホリイの心臓は、突然激しく動悸を打ち出した。いけない、いけない。あれは無意識なのだ。おまえは対象外だ。静まれ、このお調子者。しかし、動悸は去ってはくれない。 「おまえはどうなんだ」 「私は、結婚なんて考えていませんわ。前が前だし、警察のお仕事は楽しいですから。千恵子様みたいになりたいんです、私」 「ああいうふうになられても困るけどな」 「あたりはきついけど、いつも回りの方のことを考えて、自分から泥をかぶりに行けるような方。あのような方がいると知って、私は自分の怒りが本当に浅はかだった、って思い知らされましたの」 ホリイはマヤをしげしげと見つめた。 「あんたは、本当によく人を見ているんだな」 「人のいいところを見つけるのって、嬉しいですわ。前は、悪いところばかりを見ていましたから、普通に生きているだけでも辛いことがありました。コジロー様が人のいい面を見つけることを教えてくれて、ホリイ様はそのやり方を教えてくれました。おかげさまで、今、私はとってもしあわせです。ありがとうございます、ホリイ様」 「そうかね?俺は人をあげつらってばかりのような気がするけど」 「いいえ、ホリイ様はとても優しい目を持っていらっしゃいます。だって、私のようなものを、ずっと気にかけて下さっているじゃありませんか」 「私のようなものって、どんなものだよ」 「こんなものですわ」 マヤは乱暴に手で自分の前で輪を書いて見せた。 「おまえは、"こんなもの"じゃない。魅力に溢れたいい女だ」 「その魅力は、何が作り出したんでしょうね。ホリイさんは、全部ご承知していらっしゃるじゃありませんか、黒屋敷のことを」 「もちろん、知っているさ。でも、今のおまえはあの屋敷で作られたものじゃない。今のおまえは自分の意思で、前に進もうとしているし、進んでいる。俺はそのガッツが魅力的だと言っているんだ」 マヤは目を大きく見開いて、すがるようにホリイの顔を見た。顔が白い。貧血でも起こすんじゃないだろうな、とホリイが職業的な目で見ていると、マヤは下を向き、黙り込んだ。じっと何かをこらえているようだ。しばらくして、ようやく言葉を押し出した。 「嬉しいです、とても。そんなふうに考えていただけているなんて、思いもしませんでした」 「じゃあどういうふうに思ってたんだよ」 「お仕事で係り合いになってしまったから、仕方なく面倒を見ていただいているのだと思っておりました」 ホリイは膝に手をつき、大きく息を吐いた。 「おまえな...刑事が皆仕事で係り合いになったものの面倒を見ていたら、どんなことになると思ってるんだ。俺はな、ちゃんとした下心を持って、おまえに会いに来てるんだ」 「それはそうかもしれませんが...下心?」 ホリイはここで自分の本音を曝け出したほうが、マヤの負い目を減らせるだろうと判断し、恥を晒すことにした。 「俺はな、おまえがいい女だから、ずっと報告会に付き合っていたんだ。あわよくば、色々できるかと思ってな」 |
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★ いろいろ、やりたい |
「色々...?」 マヤはびっくりしたように言った。 「俺は、下心を見抜かれているから奢らせてくれないんだと思っていたよ。割り勘で、一線を引いて」 「いいえ、無理して来ていただいているのだから、割り勘でも申し訳ないと思っていましたのに...こちらが払いたいというのを払わせていただけないのは、私の過去を思って、馴れ馴れしくしないで欲しいということかと思っておりました」 「そんなわけないだろう」 「わかりませんわ、そんなこと!」 マヤは叫んだ。 「わかるわけありませんわ!なんて、複雑なんでしょう、この世の中は」 「複雑って、こんなもんだぞ、人間関係ってのは。誤解が解けただけよかった...って、 下心がばれちゃあ、よくないか」 「下心...色々できるか?」 「何度も言うなよ。俺の恥なんだから」 マヤはホリイを斜め下から見上げるようにして見た。 「私の気を楽にして下さるためだけに、その恥を表にされたんですのね」 「自棄になってんだよ」 「そうは見えません。やっぱり、お優しい...」 「そんなんじゃないよ」 「目を見ればわかりますわ。見せてください」 「...目か?」 行きがかり上、ホリイはマヤに目を覗き込まれることになった。マヤは身を乗り出してきて覗き込んでいる。こんな話になった上に、マヤとずっと目を見合わせていなければならない。ホリイは自分が赤くなっているのではないか、口臭がするのではないか、鼻毛が出ているのじゃないか、と気もそぞろである。雑念がはびこること、夥しい。その澄み切っていないこと、はなはだしいホリイの瞳をキラキラした目で覗き込んでいたマヤは、身を引いて椅子に腰を落ち着けた。 「?」 「わかりましたわ」 ホリイは、ごくりと音をさせて息を呑んだ。 「どうだった?」 マヤは笑みを湛え、ホリイを見つめて言った。 「ホリイ様は私をこのままお持ち帰りして、静かなところに連れ込まれて、いきなり●●を××して、▲▲▲を■■■。AAAはBBで、CCもあらばこそ、DDDってしまいたいと思っておられます」 「かはっ...」 |
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★ 何のための指輪か |
ホリイの思考は停止した。30秒ほど目を見開き、大口を開けたままでマヤを見つめていた後(のち)、神経が常態に復した。先に舌が口の中で空回りし、それからようやく言葉が音を伴った。 「ば、ばかやろ。そんなこと、かけらも考えとらんわ。少なくとも今はな」 マヤは美しく微笑んだ。 「でまかせですわ、ホリイ様」 「な、な、な、な、何ぃ!」 「今は、ということは、考えたことがおありなんですの?」 「あ、い、う」 「冗談ですわ。でも、ホリイ様が、本当に私を抱かれたいと思っていることはわかりました。でも、私はホリイ様に抱かれる価値のある女とは思えません」 「そりゃおまえ、謙遜し過ぎだろう」 「謙遜...ですか?いいえ、むしろ、悲嘆だと思ってください。でも、遊びで私を抱かれたいのなら、いつでもお供いたします」 「それは、いやだ」 マヤは悲しそうな表情を隠すため、ホリイから顔を背ける。ホリイは頭をぐしゃぐしゃかき回していたが、思い切ったように顔を上げ、ポケットから箱を取り出した。 「ええい、ちょうどいい。これを受け取れ」 目を潤ませながら、マヤは訊く。 「割り勘分ですか?」 ホリイは脱力した。 「違う。これ」 ホリイは箱をマヤの前にタンッと置いた。 「あら、それ」 「?」 「ホリイ様、ずっと持ち歩いていらっしゃいますよね。いつもポケットが変な風に膨れているので、何かと思っていました」 「ああ。半年前から持ち歩いている」 「私が試験に受かって、警察に入ったころですね」 「ああ、そうだな」 マヤは顔を上げ、ホリイを見た。 「これは、指輪ですか?」 ホリイは憮然として頷く。マヤは考え込んだ。ホリイは腕を組んでいる。しかし、マヤが言いづらそうにしているのを見て、言った。 「ここ、出るか?」 マヤは救われたような顔をした。 「ええ」 「奢ろうか?」 マヤは悩ましい目をホリイに向けた。ホリイは、何がなし背筋が冷えるような気がした。だめかな、こりゃ。 「ええ。お願いします」 初めて奢りを認めたのだが、マヤの態度は常になく冷たい。せっかく奢れたのに、まったく嬉しくない気持ちで、ホリイは金を払い、店を出た。 |
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