黄の魔歌 〜ユニコーンの角〜 p.1
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黄の魔歌 〜ユニコーンの角〜 |
李・青山華 |
「案件37248についての行動シミュレーションです。資料をご覧になってください。質問があれば、受け付けます。」 キスゲはそれだけ言って、後は沈黙している。コウガが眉を上げて言った。 「すまないが、口頭で説明して欲しい。資料だけでは、間違った受け取り方をしてしまう可能性がある。」 「誤解があるような資料には、していません。口頭説明は不要だと思いますが。」 コウガは、隣でユカルがきりきりして、今にも飛び出しそうにしているのを感じ、急いで言葉を継いだ。 「説明してもらいながら、こちらは頭の中で案件を整理することができる。また、説明する時の、君のしぐさで、こちらがニュアンスを理解できることもある。口頭説明は必要だ。」 プラタナスも口を添えた。 「字面を追うだけでは、話が理解しにくい。口頭説明をしながら、質問を受ける形の方が、チーム全体の認識のレベルあわせができる。キスゲ、口頭説明をしてくれ。」 キスゲはいやいやながら資料を取り上げ、読み上げ始めた。 「概要。5月3日に、エリアG−503で当案件の作業を行う。準備作業は以下のとおりである。...」 まるっきり資料を棒読みするだけの、キスゲの説明を聞きながら、プラタナスは内心頭を抱えていた。キスゲはまったく、チームの人間と共同で作業を進めようという気持ちに欠けている。見たところ、チームの人間と接触するのすら嫌がっているようだ。 キスゲは淡々と話し続けている。確かに、キスゲの言うとおり、資料の出来は申し分ない。質問をしなければならないようなポイントは、説明が追加されていたり、図表が添付されていて、理解を助けるようになっている。しかし、プラタナスは資料を追いながら、憂鬱な気分になる。この資料のきめ細かさは、チームのメンバーとの会話を最小限にするために、必死で作られているように見えるのだ。たぶん、この推測は間違っていない。 とりあえず、質問もなく、ミーティングは終了した。キスゲはおざなりに礼をして、いちばんに席を立つ。ユカルは、キスゲが部屋を出て行くのをにらみつけている。コウガが軽く溜息をつき、ユカルに手を振って合図した。 「まったく、いけ好かない。何様のつもりなのよ。」 ユカルは、キスゲの出て行ったドアに向かって言葉を投げつけ、乱暴だが優雅に席を立つ。プラタナスを見て、にっこりと微笑み、会釈して部屋を出て行く。魅力的だが、なかなか怖い女性だ。 コウガは立ち上がり、プラタナスの側に来る。プラタナスが問うような視線を向けると、目をそらして言った。 「プラタナス、あんたも相当ぶっきらぼうだと思っていたが、キスゲ嬢には驚かされたよ。初めのころはは。まだ慣れていないだけだろうと思ったが、どうも確信犯らしい。何かあるのか、あの子には。それとも、戦略考案チームは、みんな、ああなのかね。」 けっこう気を配る性質のコウガらしい。今のままでは、キスゲとホウセンカ(ユカル)が、早晩決裂してしまうのは目に見えているので(もう手遅れかもしれない)、探りを入れてきているのだろう。コウガに対しては、プラタナスも、せいいっぱいの回答をしなければならない。 「戦略考案チームが、ああいう傾向があるのは否定できない。理屈だけで人生を渡っているものだから。しかし、キスゲ氏の対応には、確かに問題が多すぎる。年齢が低いことがひとつの要因だが、少しひどすぎる。チームの業務にも、問題がでてくる可能性があるから、キスゲ氏と話してみて、改善の方向を探ってみる。それら以外に、キスゲ氏自体に問題があるとは考えていない。実際、今回の案件資料も、すばらしいものだ。キスゲ氏の特性を活かしていけるような対応を考えてみる。チームの状態を心配してくれてありがとう。難しいかもしれないが、調整してみよう。」 コウガは溜息をついて言った。 「何で、そう、難しい言葉になるんだろうな。あんたの言葉は。戦略考案チームは頭でっかちばかりなんで、気配りが下手だ。しかし、あの子はひどすぎる。若くて、気が回らないのかもしれないから、気配りの仕方を教えてみよう。才能はある子だから、できれば認めてやってくれ。憎まれ役を買って出てくれてありがとう、と受け取っていいのかな。」 プラタナスは2−3回、拍手した。 「すばらしい。完璧だよ。」 コウガは頭を振りながら言った。 「たぶん、嫌味じゃないんだろうな。やはり、戦略考案チームは気配りを学ぶ必要があると見える。ま、あの子のほうは任せたぞ。こっちはホウセンカ嬢を懐柔しなきゃならん。これがまた、至難の技でな...」 確かにそうだろう。懐柔できることが信じにくい。プラタナスは、キスゲの件について確約をして、コウガと別れた。 プラタナスは自室に戻りながら、キスゲのことを考えた。キスゲが回りとの違和感から、壊れかけていた中学生の時に、プラタナスは出会った。追い詰められた彼女の状況と、持っている才能を見つけて、組織に引き上げたのはプラタナスである。キスゲはそのままついてきた。こちらがいい人間だとか、悪い人間だとかを考える余裕もないまま。組織の庇護下で、大学までの課程を飛び級で進み、組織の中に組み込まれた。 何かあるのだ。あの子には。 中学生の時から、外部との接触もほとんどないままに暮らし、知識や方法論を、山ほど詰め込まれてきた。未だに、キスゲを見ていると、今にも消えそうな儚さが感じられる。ひょっとしたら、彼女はこの世のものではないのかもしれない。知識の塔の中で、永遠に機を織らされている、あちら側の存在に近いのかもしれない。 しかし、実際のところ、キスゲは人間だ。まだ16歳の少女なのだ。本来、持っているべき豊かな生活。両親や友人に囲まれて、泣き、笑い、生きている時間。それをすべて奪われているものが、普通の人間でいられるはずがない。 とりあえず、キスゲとじっくりと話してみるべきだ。プラタナスはそう結論した。そして、ちょうどたどりついた自室の扉を開き、中に入った。廊下に窓はない。部屋にも外部とつながる窓はない。無機質な人工光の中で、静まりかえっているここは、プラタナス自身もその構成要素の一つである、知識の塔なのだ。 |
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