微量毒素

黄の魔歌 〜折れた角〜 p.1


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黄の魔歌 〜折れた角〜
李・青山華

 座り込んで雨に濡れているキスゲを見つけたのは男だった。年齢のはっきりしない、軽薄そうなところがありながら、眼差しが奇妙に落ち着いた男だった。

「おい、嬢ちゃん。傘を持ってないのかい?風邪を引くよ。傘を買う金ぐらい貸してやるぜ。」

 キスゲは男の顔を見上げた。その冷たい目つきは、非情な敵意を秘めたものだったが、男は気づかないようである。

「おっと、これは凄みのある美人だね。なんとかしろよ。肺炎で死んだら世の中の損失だぜ。特に若い男のな。」

「...見事なセクハラですね。援助交際なんかをする気はありません。でも、いいわ。どこかへ連れていって。この世界から連れ出してくれるなら、誰だって、何だって構いやしない。」

「おや、おや。ずいぶんと沈み込んだもんだな。援助うんぬんは先の話として、ついておいで。話を聞いてやろう。おれは今暇なんだ。さいわいなことに。」

 キスゲは立ち上がり、男の前に立つ。濡れた髪が重く垂れ下がり、その間から覗く瞳は光るようである。

「いくわ。」

「ずいぶんだね、嬢ちゃん。おれが悪い男だったらどうすんだい。」

「気にしないで。私は自分を守れるから。それに、どうにもならなくなったって特に問題ありませんから。」

「思ってたより深刻だね。ま、とにかくおしゃべり。暇なんだ、おれ。何でも聞いてやるから。だが、どこに行くかね。そのなりじゃな。」

「いいわよ、ホテルでも、どこでも。」

「またそれかい...そうだな、おれのうちに行こう。援助うんぬんの話もあることだし。」

「いいわ。」

「傘、いるか。」

 キスゲは濡れた服を見下ろし、首を振る。男はうなづき、キスゲを身振りで招いて歩きだす。傘は自分でさしたままである。キスゲはその態度に少し好感を持った。キスゲがついて来るかどうか、気にもしていないように男は歩いてゆく。キスゲはカバンを持ち、男の後をついてゆくことにした。


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