微量毒素

黒の魔歌 〜夢幻〜 p.1

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黒の魔歌 〜夢幻〜
李・青山華


 モリは凄まじく怒っていた。美しくセットされた髪から、モリにはあり得ない、ほつれ毛が下がっている。
「とにかく、37002号を狙わせて欲しいのよ。私にその役をちょうだい。何で私が外されるの?」

モリの気迫を真正面から受けながら、それでも眉一つ動かさず、プラタナスは答えた。
「わかっている。必要があれば、その役をあなたに回そう。しかし、今はその時ではない。しばらくは他の仕事をやっていてもらいたい。」

「くそっ。」モリは、壁にこぶしを叩きつけて去った。プラタナスはそれを見送り、横のキスゲに囁いた。

「なんであの男を排除対象から観察対象に移したんだ?モリの言うとおり、あの男はアオを殺したんだ。放置するのは危険じゃないのか?」

「いえ、大丈夫。いくつかの要因が組み合わさって、あの男の状況は変わったの。今なら、あの男を戦力としてこちらが取り込めるわ。」

「ほう。こちら側に取り込むのか。しかし、モリはどうする。同じ籠の中にコブラとマングースを入れるのはまずいだろう。」

「実はね、プーさん。その環境の変化というやつは、モリさんにも影響してるのよ。」

「...おい。まさか。」

「そう。そのまさか。モリさんはね、いまや組織にとって、とっても危険な存在になっているの。どこかで排除しなくてはならないくらいのね。」

「アオの件か...」

「皮肉なものね。」

「私だって、アオやモリが好きなわけじゃないが、少なくとも一緒にオペレーションしてきた相手だろう。何か他の方策はないのか?」

「あなたが私を拾ったのよ、プーさん。感情を入れてパラメータを変化させたら、収拾がつかなくなるのは目に見えているでしょう。私は計算して、1+1が2になるだろうと予測しているだけ。1+1は、どうしても3にはならないの。」

「キスゲ...」

 キスゲは向こうを向いたまま片手をひらひらと振り、自室に入っていった。プラは閉じた扉を見つめ、ゆっくりと頭を振った。扉の外側は、無機質な光をたたえた壁と扉が続く、非人間的なエリアである。そして、プラタナス自身もこのドアの中にいる一人なのだ。


「何か揉め事はないか。」

 コジローは今ぼこぼこにしたばかりの男の襟をつかみ、壁に押し付けて言った。

「...てめえだあ。てめえが揉め事だい。」コジローはにやりと笑い、男を放した。

「なかなか立派だな。誉めてやろう。で、何か揉め事はないか。」

「おまえ、何か金目の仕事が欲しいのか。」口元をこすった手の甲に、べっとりとついた血を見て、不機嫌そうに眉をしかめて男は言った。

「まあ、そういうわけだ。どうだ、何かあるか。」

「綺麗な仕事じゃない。」

「それを嫌がるように見えるか?」

「この、狂犬やろうが。ついてくるか?」

「すまんな。よろしく頼むぜ。」

「くそったれ。」コジローはよろよろと歩き出した男の後をついてゆく。

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