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黒の魔歌 ~夢幻~ p.11
魔歌 | back | end |
ずいぶん時間が過ぎたような気もするし、あれからほとんど時間が経っていないのかもしれない。コジローは、自分が現在どうなっているのか、これからどうなって行くのかについて、ほとんど興味が持てずにいた。
《おめえ、こんなことをしてると、いつか死ぬぜ。》
「おまえが待っていてくれてるんだろう。」
《馬鹿言うない。おれはこっち側で、綺麗なお姉ちゃんたちと、うはうはでやってるんだい。おめえのことなんか、待ってるわけがないやな。》
「うはうはか。ほんとうにそうなら、俺もうれしいけどな。」
《だめよ。あなたはもっともっと大勢の人たちを、こちらに送ってくれなくちゃ。》
「おまえか...もう離してくれないか。」
《私がふたり目、まだ3人。あなたはもっともっと殺さなくちゃならないわ。》
「殺すのはいやだ。もう、これ以上、ひとりでも。」
《殺さないなら殺されるぜ。》
《あなたは死神。殺すのが務めよ。》
「やなこった。」
不意に殺気が襲ってくる。体を傾けると、その上を男がつんのめる。ドスをつかんでいる腕をとり、そのまま前に投げ飛ばす。自分の勢いとコジローの手が加えたひねりで、かなりのスピードで壁に突っ込んでゆく。コジローは緩慢にも見える動きで立ち上がり、角を曲がる。その背後の壁を、拳銃の弾が高周波音を出して抉り取り、左の壁に刺さる。コジローはビール瓶を拾い上げ、角から身体を出して投げる。投げて戻ると、再び左の壁に着弾し、声のない悲鳴が聞こえる。男たちの走り去る気配がする。殺気は消えた。
襲ってきた男たちが誰なのか、コジローは考える。五領の連中なのか、真田の配下か。しかし、コジローの意識は、それ以上考えることを拒んでいる。けっきょく、来るのが誰であっても、拒むわけにはいかない。拒んでも、状況が変わらないのなら、拒む行為に意味はない。
「ま、いいか。」
コジローは現実のことを考えるのをやめた。再び、幻の相手との会話ともいえない会話に戻る。
《おめえはさ、こんなことをしてちゃ、いけないんじゃねえのか。》
気遣いを含んだ声で、コジローに話し掛けてくる声。しかし、それがほんとうの声であるはずがない。なぜなら、この声の主は、コジローが殺したのだから。
《殺したくないなら、なぜあなたが死なないの?》
苛立ちと、少しの哀れみをこめて、女の声が突き刺さる。しかし、これはほんとうではない。なぜなら、この声の主は、コジローの手にかかって、もうこの世にはいないのだから。
コジローは微笑む。すでにこの世にいないものたちが、なんと鮮やかにコジローの中に存在することか。今のコジローには、この幻たちの声以上に大切なものはない。なぜなら、この声たちが自分をどこかに導いてくれるから。その先、闇の中につながる道がどこに通じているのか、コジローには興味がなかった。淡々と、そして確実に、コジローは行きたいのだから。
瞬間、コジローは戦慄した。アオと戦ったときのような鋭い気。コジローの五感に直接侵入してくるような空気の振動とともに、何かが飛んでくる。殺気はない。殺気はないのに、この鋭い気はなんだろう。5センチ身体をひねったところで、飛んでくるものが見えた。ナイフだ。軌跡は、確実にコジローを捉えている。コジローが身をかわせる方向に向かって飛んできており、避けられる隙間はまったくない。
コジローは腰の後ろに手をやり、少しだけさらに身体をひねった。コジローの身体ががら空きになり、飛んでくるナイフにさらされる。次の瞬間、ナイフが刺さった。腰から抜き出したヌンチャクに突き立ったナイフは、不満を訴えるかのように震えた。
その震えに、コジローの五感は、速やかに外界を認識する。ナイフの軌跡の先に、男と女が立っている。殺気はないが、それ以上に鋭い気が、コジローに向かって放射されているのがわかる。ナイフを投げたのは、女だ。コジローは完全に覚醒させられた。
「ねえ、こいつなの?なんかこいつ、危なくない?」
「危ないよ。間違いなく。」
「いや、そうじゃなくて、使い物になんの?ぼろぼろじゃない。」
「私にはったりは通じない。あの男はあのナイフを受けた。そして、今、あの男は目覚めている。わかっているはずだ。」
「ま、ね。あのナイフを無傷で受けたのは認めるわ。でも、目が覚めていない時間のほうが長いんじゃ、使い物にはなんないでしょ。」
「大丈夫。あの男、コジローは、目が覚めることになるさ。」
「ふうん。」
不満げなユカルの声を聞き流し、コウガはコジローに歩み寄る。コジローは手をだらりと下げたまま、コウガの近づくのを眺めている。
「こんにちは。」
コジローは答えず、コウガを見ている。コウガは気にせず続けた。
「君を雇いたい。条件は後で。と言うのは、私に決済権がないからだ。仕事についていえば、我々は君の行動を半年以上追ってきている。それにのっとって、依頼内容が検討されている。どうかね。」
コジローは答えない。コウガは溜息をつき、続けた。
「君の状況も多少はつかんでいる。妹さんがいるね。」コジローは明らかにたじろいだ。
「我々は、君の妹を捜すことができる。それくらいの力が組織にある。」
コジローはその時、またあの声を聞いた。
《あなたが捜してたのは、妹さんなの?》
《おい、ばかやろ。なんでこんなところで愚図愚図してんだよ。》
《おめえには》《あなたには》
《まだ大事な目的があるんじゃないか》声が重なった。コジローは苦笑いした。
「俺のことがそんなに気になるのか?」
口ごもるような気配とともに、声は消えていき、気配を絶った。一人でしゃべるコジローを、コウガが見ている。不審に思っている様子はない。コジローはコウガに目を合わせた。
「妹を捜してもらえるなら。」
コジローはヌンチャクからナイフを引き抜き、コウガに手渡した。コウガはふっと力を抜き、ナイフを受け取った。
「よく、このナイフを受けたな。」
「俺も驚いた。よく避けられたもんだ。」
コジローは後ろの女を見やった。ユカルはコジローを見もせず、暗い空を見上げている。コジローは組織に入った。
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