緑の魔歌 〜帰郷〜 p.10
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ルカは、林の中の細い道を歩いていた。両側が、すでに丈の高くなり始めた野草に覆われている。人のあまり通らないような道なのに、ルカは、こちらにいけばいいという気がしていて、ずんずん進んでいった。そして突然、木々が途切れ、林の中にぽっかりと空いたような、明るく光の落ちる場所に出た。 「あれ?ここ...」 ルカは戸惑ったようにつぶやいた。ルカのいるところの少し先、林の中で、一人の少年が、木刀を振りながら、木の間をすり抜け、練習をしている。眼にも止まらないスピードで振り返り、後ろの木を打つ。バシィと鋭い音がする。瞬時に持ち替え、右手の木を打つ。その体勢のまま、体を倒し、かなりのスピードで移動し、別の木に木刀を振り下ろす。体を返して、振り返った少年の木刀が、うなりを上げた。その時、少し離れたところに立っているルカに気付き、慌てて刀を反した。こんなところに人が来るとは思っていなかったらしい。ルカを驚かせたと思ったらしく、謝罪してきた。 「...失礼した。人がいるとは思わなかったもので」 ルカは少年の顔から、目が離せなかった。襟元をいじりながら、ルカは挨拶した。 「...こんにちは」 「こんにちは」 少年も挨拶を返してきた。ルカは、問われてもいないのに、自分がここに来たわけを話し出した。 「私、子供の頃、この町に住んでいたんです。今年の春、ここにまた戻ってきたんです。思い出の場所を回っているうちに、ここに来たんです」 「ぼくは昔からこの町です。どこかであったことがあるかもしれませんね」 「失礼ですが、中学生ですよね?どこの中学ですか?私は南中学の2年生です」 「ああ、じゃあ、同じです。ぼくは2組」 「私は3組です。じゃあ、お隣さんなんですね」 「そうですね」 「ここでは、何をしてるんですか?」 少年は少し困ったような顔をして笑った。 「えー、まあ、一言で言えば、修行です」 「修行、ですか」 「ええ、まあ。自分ではそのつもりでいるんです」 「小さい時から、続けているんですか?」 「そうですね。けっこう小さい時からやってます。きょうは一人ですか?」 「ええ。私、ルカといいます。そちらは...」 「ぼくはムサシです。初めまして」 「また、学校で会うかもしれませんね。その時はよろしく」 「こちらこそ」 少年は、にっこりと笑った。ルカは、下を向き、顔をあげて言った。 「このあたり、滝なんてありましたっけ」 少年の顔に驚きの表情が浮かんだ。 「よく知ってますね。地元の人でも知ってる人は少ないんですよ。ほとんど人が来ないようなところで」 ルカはまた少年の顔を見た。驚きと、好奇心が浮かんでいる。ルカは襟をいじる手を止め、下に下ろした。 「じゃ、また。ムサシさま」 「ああ、どうも、ルカさん」 ルカは軽く手をふって、来た道を戻っていった。残された少年は、頭をポリポリとかいた。 「...ムサシさま?」 少年は首をかしげ、しばらくルカの行った方を見ていたが、頭を振って、大きく伸びをし、また木刀を構えた。すっと正眼に構え、次の瞬間、走り出す。すれ違いざまに木の横をすりあげるように打つ。その動作を次の木への打ち込みにつなげ、すっと止まり、正面にある木に対峙する。少年は大きく上段に構え、気合とともに袈裟懸けに切り下ろす。気合と打撃音がひとつになって響いた。 |
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ルカは知らず知らず急ぎ足になっていた。謎はすべて解けた。やはり、悠久山だった。山、川、男、子供、幼稚園、怖い…すべてがわかった今、ルカは自分がどうなっているのか、まったくわからなかった。激しい動悸に、笑い出したくなるような多幸感。 ひとつだけ、確かなことは、まだ、このことは誰にも言えないということ。両親にも、久美にも言えない。自分自身、これがどうなるのか、わからないのだから。でも、話せるようになったら、久美に一番最初に話す。これだけは、ルカ自身の中ではっきりしていた。それ以外は、ルカ自身にもまったくわからなかった。ルカの背後で、また少年の立てる、乾いた音が響いた。 |
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