緑の魔歌 〜帰郷〜 p.9
久美はクラスの女子全員の前で言い放った。 「さて、皆の衆。すでに承知のことと思うが...」 久美は右手のこぶしを握り、力を込めて目の前に突き出した。その手を斜め下に振り下ろし、久美は叫んだ。 「明日はアフォーレ指宿の大バーゲン初日だ!みな、間違いなく目的のものを目指すべく、明日は午前8時30分、駅前に集合せよ!」 クラス中の女子から、賛同の返事が返った。 「おう!」 「今度こそ、あんたに先を越されないわよ。」 「ワンピースよ、ワンピース。」 「どうしても、帽子がほしいの。黄色い奴。」 はしゃぎ回るクラスメートを、ルカは呆然として見つめていた。 <何なの?このノリ。お上品な私には、とてもついていけないようなこのノリは...> ソノコが振り返って、ルカに声をかけた。 「ルカ?ルカはどうすんの?」 「あ、ごめん。あたしはパス。ちょっと用事があって。」 久美と話をして、明日は悠久山に行くことにしている。久美がやってきて、ソノコに言った。 「ルカ殿はだめさ。ちょい、わけありでね。」 ルカは、久美にウィンクをした。わけありと聞いて、クラス女子のほとんどが聞き耳を立てた。 「願掛けでね。札所めぐりをしてるのさ。」 ルカの頭ががくっと下がった。 「くみっ!いい加減なこと言わないで!」 みんなはハラハラとして見守った。一同注視の中、ルカは胸の前で両手の指を組み合わせ、瞳に星を散らしながら言った。 「ルカ、5歳のメモリアル。美しき思い出捜しの旅、と言って。」 クラスの女子全員の肩ががくっと落ちた。久美が初めに復活し、ルカへの突込みを入れた。 「なーにがメモリアルよ!なーにが美しき思い出よ!」 「いいのよっ!私のメモリアルは、美しい川のせせらぎに消えたのよ!きっと、そうなのよ!」 ほかの女子は少し離れて、事態を静観していた。 「なに言ってんのか、ぜんぜんわかんないわね。」 「そうね。でも、あのクーミン大魔王と互角に渡り合える人がいたなんて、世の中広いわね。」 「そうね、友達は選ばないとねー。」 クラスの女子の、冷ややかな視線に見つめられているとも知らず、久美とルカの闘争は、尽きることなく続いていった。 |
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翌日の朝、抜けるように晴れ渡った空の下、ルカは駅前ロータリーのバス乗り場に来ていた。現在、朝7時。ずいぶん早いが、早く目が覚めてしまい、家でじっと待っているのも嫌だったので、早々に出て来てしまったのだ。もう2時間くらいすると、このあたりは、バーゲン狙いの中学生たちで賑わってくるのだろう。だが、休日のこの時間では、人の姿はほとんどなかった。悠久山行きのバスは、待つほどもなくやってきた。 休日の朝なので、バスから見える風景にも人の姿はほとんどない。流れてゆく風景には覚えがないけど、なにか胸がドキドキしてきた。開いた窓から頬を撫でてゆく風が心地よい。窓の外で動いてゆく景色は、次第に若々しい緑を増して行く。いつの間にか、バスは山に登ってゆく道に入っていた。両側はほとんどが大きな木の林で、時々、家屋が顔を覗かせたかと思うと、またすぐに緑の中に消えてゆく。 「悠久山頂上、悠久山頂上。終点でございます。どなたさまも、お忘れ物のないように注意してお下りください。」 バスはしだいに上ってゆき、ついに目的の終点にたどりついた。バスのドアが開き、ルカは問題の悠久山に降り立った。大きなロータリーになっている。バスはここで回って、戻っていくらしい。ルカはとりあえず、[展望広場]という案内のある方に行ってみることにした。ほどなく、大きな広場に出た。左手は森。右手に眼を移すと、広がった、大きな景色。ルカが住んでいる町が、首を回さないとぜんぶ見ることが出来ないほど、大きく広がっている。中学校はすぐにわかった。ルカの家は、少しわかりにくい。たぶんあの辺りだ、と見当がつけられるくらい。しばし、見とれる。 「今度は、久美やみんなも誘って遊びに来よう...」 ルカは心に決め、あたりを見回した。確かに記憶にある。この場所。そして、この思い。 「この場所...だった気がする!」 でも、ここじゃない。もっと暗かった。闇の暗さではなく、光が柔らかに遮られた暗さ。森の中...だな、きっと。でも、どっちに行けばいいのかしら。その時、遠くから、パシィ...という音が聞こえた。かすかだけど、はっきり耳に残る響き。 「こっち、かな。」 ルカはそちらに向けて歩き出した。 |