白の魔歌 〜エリカ〜 p.1
魔歌 |
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白の魔歌 〜エリカ〜 |
李・青山華 |
イガは、初めて通る街路を歩いていた。とくに目的があるわけでもなく、新しい縄張りの確認といったところなので、あっちへ行ったり、こっちへ行ったり、店を覗いてチェックしたりと、まったくの高等遊民といった風情である。 次第に、イガも自分のいる場所がわからなくなってきた。方向感覚は自信があるのだが、初めての町で、しかもいい加減うろつきまわったので、さすがにどちらに行っていいのかわからなくなってしまった。最悪の場合は、駅を目指していけば、自分の下宿にはたどり着ける。 「さて、と。」 イガは駅への道を模索しようと、周りを見回した。片側は住宅、片側は木が茂っている。木の間から、水音が聞こえる。大きな川が流れているのだ。この川は、この都市を分断して流れている。この都市は、地方の中心都市で、大学などが多く存在し、文教都市の体裁を整えている。たしかに、町には本屋がたくさんあり、ほとんどの店は10時くらいには店じまいをしてしまう。歓楽街もあるが、だいたいまとまっており、あまり怪しげなうわさは聞かない。大学生活を送るには、もってこいの環境ではある。 「川がここなら、商店街はこっちか。」 イガは頭をめぐらし、右の方を見た。道が曲がっているため、見通しが利かない。イガはバッグを背中に引っ張り上げ、歩き始めた。そのとき、曲がり角の向こう側から、人が歩いてきた。少女である。白い、すそが長めの、ノースリーブのワンピースを着て、ウェストは共布のベルトできっちりと締めている。長いすそが川からの風に、ゆったりと舞っている。少女は、そのすそを蹴り飛ばすように足を出して、けっこうなスピードで歩いている。 《ありゃあ、ふだんワンピースなんて着てないやつの歩き方だな》 イガは見るともなく見て、余計なお世話なことを考えた。 《しかし、それにしても、思い切りのいい歩き方だな》 体術を習得しているイガは、興味をそそられた。すれ違いざまに、ちらと顔を見た。 まっすぐ前方を向いた顔。きり、と引き締まった口元。とにかく、その瞳。強い意志が、そのまま顕れている、瞳。切り揃えられた髪が、ザンッと風に煽られる。少女は、その瞳をちらとも動かすことなく、イガとすれ違った。 すれ違って、2−3歩進み、イガは立ち止まり、振り返った。少女はぐんぐんと進み、やがて曲がった道の先に消えた。イガは、そのままの姿勢で消えた道を見つめていた。ほんとうに、ずいぶん長い間、イガはそのまま、立ち尽くしていたのだ。 |
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イガは空を見上げて、ぼーっとしながら、何かカチャカチャ音をさせている。今日も空が青く晴れ渡っている。 「おい。」 ムサシが声をかけてきた。カチャカチャカチャカチャカチャ... 「あァ?」 「いや、けっこう不気味なんだが。それ。」 ムサシはイガの前の地面を指さした。皿が二つおいてあり、皿の中には豆が入っている。イガは、下を見もしないで、箸を持って、ひとつの皿から豆を取り、もう一方の皿に移し続けている。カチャカチャカチャカチャカチャ... 「地べたに座って、ボーっと空を見ながら超高速で豆移ししてんの。」 「そうかな。」 「トレーニングなら、次のステップを考えた方がいいぞ。」 イガは豆をつまみ上げ、目を細めて、豆を睨みながら言った。 「あア。今度はゴマでやってみる。」 「しかし、珍しいな。おまえがボーッとしてるなんて。」 「そうかな。」 ムサシは伸びをして、周りを見回していった。 「しかし大学ってのは、こういう所はいいな。」 「何が。」 「地べたに座って、超高速豆移しをしてても、誰も気にしないところ。」 「そんなに変か?これ。」 「変だよ。」 ムサシはにべもない。そこへ、同じ講義を受けている女の子たちが通りかかった。 「はーい。」 「こんちー。」 女の子たちは、イガの手元を覗き込んで言った。 「2年生で、もう職業訓練所の予備訓練?たいへんね。」 「なにせ、就職難なもので、将来に不安を感じまして。お姉さま方もおやりになります?」 「ようやく、キャンパス・ライフに慣れてきたところなのに、嫌なことを思い出させないで。私のモラトリアムは、まだ3年もあるんだから。」 「3年を切ってますがね。」 「わかってるわよ。あー、なんだか秒読みの気分になってきた。」 「ところで、今日の新歓コンパは行くの?」 「ええ、行きますとも。同期にも上にも、ろくなのがいやしないし、ろくなのは売約済みばっかりだし。まだ、つばのついてない、可愛い後輩を捜すのよ。」 「同感ですな。それ。」 「けんか売ってるわね、イガ君。」 「お互い、頑張りましょうね。」 「同意、同意。」 4月。彼らは2回生になったばかりだ。モラトリアムの生活に、ようやく慣れてきた彼らにとって、この時期にすることが、すべて大きな財産になる。いいことも、悪いことも、自分たちのすることはすべて自分の責任であり、結果も自分の責任で受けることになるのだ。それを身につけられれば、大学に進学した価値は十分にある。自分の責任というものを理解できなかったものは、高校時代から進歩できず、この時期をまったく棒に振ることになる。とにかく、大学生活の中で、最も重要なのが、このモラトリアムの時期なのである。 |