微量毒素

白の魔歌 〜エリカ〜 p.12


魔歌

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 エリカとイガは、食器を戻して、外に出た。エリカは、自販機でコーヒーを買っている。イガの方を向き、缶コーヒーを投げてきた。

「おごりのお返し。」

「おお、ありがと。いただきます。」

 イガはコーヒーを開け、飲んだ。エリカは紅茶を飲んでいる。

「あんた自身は、自分のことをどんな人間だと思ってるんだい?」

 エリカはしばらく考えて、言った。

「きわめて、普通。」

「馬鹿言ってんじゃないよ。」

「どこか、おかしいかな。」

「普通の人間が、迫ってくる男の大学まで押しかけてきて、質問をするか?」

「しないのか?」

 エリカは、真剣に驚いたらしい。

「だって、そうしなけりゃ、何もわからないじゃないか。」

「そんなふうに、わかろうとするところが普通じゃない。」

「そうなのかなあ...」

 エリカは考え込んでいる。

「まあ、普通かどうかは、たいして問題じゃない。問題なのは、あんたがいつも。何かを抑えているように見えるところかな...」

「私が...?抑えている...?」

「おれには、そう見えるってこと。」

「わたしが?」

「おれは、あんたに自分自身を抑えさせている、その壁みたいなものを、壊してみたいのかもしれない。そうすれば、あんたは、もっと自分らしく振舞えるんじゃないかと思ってさ。」

 イガはエリカにウィンクしたが、エリカは物思いに沈んでいる。エリカは、何かを真剣に考えているようだ。イガは、しばらく、ちょびちょびとコーヒーを飲んでいたが、あまりに沈黙が長いので、声をかけてみた。

「エリカさん?」

 エリカはイガの声を聞き、はっと我に返った。

「私は帰る。」

「待てよ、なんで?俺、なんか気に障るようなこと言った?」

「いや。私が思うに、おまえはいい奴だ。」

「何だって?なに言ってんだ?」

 エリカは、もう歩き始めていた。イガは、後を追おうとはせず、大股で歩いてゆくエリカを、目で追った。エリカはいちども振り返らず、バス停の方に歩いていった。イガは、コーヒー缶を持ったまま、そこの段差に座り込んだ。エリカの方に向かって、缶コーヒーを少し上げ、残りを飲み干した。イガはそのまま、地面に目を落とした。しばらく、そのままでいたが、顔をあげ、溜息をつきながら言った。

「なんって、いい女なんだ。ほんとうに、女にしておくには惜しいぜ。」

 空は晴れているが、梅雨の合間であり、木々は濡れ濡れとしながら、初々しい緑を誇っている。雨に洗われてか、見える景色も美しい。もうしばらく、雨の続く季節を抜けると、きっぱりと暑い夏になるのだ。


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