白の魔歌 〜エリカ〜 p.11
魔歌 |
「おい、エリカさん。」 エリカはびくっとして、自転車から腰を浮かした。振り向いて、イガの顔を認め、明らかにほっとしたようだったが、不機嫌そうな顔を崩さなかった。 「この大学は、なんでこう人がそこら中から出たり入ったりしているんだ?秩序と言うものがまったくないじゃないか。」 「そりゃあ、秩序を重要だと思ってないからだろ。で、きょうはどうしたの。まさか、逆ストーキング?」 「バカ。」 エリカはそう言って、イガの後ろのムサシに気付いた。 「あ、そちらは...?」 「あァ、ムサシ。腐れ縁でね。中学から一緒なんだ。ムサシ、こちらはエリカさん。」 「初めまして。」 ムサシの言葉に、少し引っ込むように、エリカも言葉を返した。 「...はじめまして。」 少し、人見知りをしているようなエリカの様子に気付き、ムサシはイガに言った。 「あ、イガ。おれ、ちょっと野暮用。あとでな。エリカさん、失礼します。」 ムサシは片手をあげ、生協に向かって歩いていった。イガは少し迷い、返した。 「あ、あァ、じゃあ後で。」 イガとエリカはムサシを見送った。イガは首を振って、エリカに向き直った。 「んで、どうしたの。きょうは一人?ここに用事があるんなら、ナビしてやるよ。」 「あ、うん。」 エリカは少し躊躇して、言った。 「ちょっと,イガさんに訊きたいことがあるんだ。時間いい?」 「ほう。珍しい。じゃあ、学食行こ、学食。腹減ってるし。」 「...学生食堂?」 「おごるから。」 女の子の相談を学食で訊こうというのか、とエリカは思ったが、イガは何の疑問もなく、そのつもりでいるらしい。エリカは、このキャンパス周辺には、喫茶店らしいものもないのかもしれないと思い直した。どうも、そういうものを利用するような人種は、このあたりには存在しないような気がする。 「......うん。」 「何にする?カレー?そば?」 「カツどん。」 「.........」 |
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イガとエリカは見つめあった。 「...で、訊きたいことって?」 「うん...」 エリカは少し目を伏せて、イガの視線を避けた。イガは、物思わしげな視線で、エリカを見つめた。 「おばちゃーん、もうちょっと、カレーをかけてくれへん?」 「しょうがないねー。ちょっとだけだよ?」 学生食堂は、ピークを過ぎてはいたが、けっこう賑やかだった。イガはカツカレーを、エリカは、ほかほかと湯気の立つカツ丼を前にして、向かい合っていた。エリカはカツ丼のカツをひとつ、箸で取り、食べ始めた。カツを真ん中くらいで噛み切り、もぐもぐと食べながら、エリカは言った。 「さっきの人...ムサシさん?すごく優しいみたいだね。」 「なに?」 スプーンで、カツごと、カレーをすくい取って、口に入れようとしたまま、なぜか、イガは蒼褪めたように見えた。 「ま、まさか。」 「なに?」 「ムサシに一目惚れをしたんで、俺に橋渡しをしてほしい、なんて?」 「...バカ。」 エリカは呆れ、噛み切ったカツの残りをパクリと食べた。 「私の様子を見て、外してくれたんでしょ。わざとらしさが素敵だよね。」 「ああ、あいつは気配り人間だからな。そういうこともよくあるよ。でも、いつも、わざとらしさが抜けないんだよね。昔っからそうだ。ところで、カツだけ先に食べると、ご飯が残るよ。」 「大丈夫。いっぱいのご飯で、カツを食べるのが好きなんだ。だから、いま食べたカツは、なかったこと、のカツなんだ。」 「ふうん。人それぞれだな...」 「ねえ、いい友達がいる人って、いい人だよね。」 「いや、それは少し無理があると思うが...」 イガは、カレーを大きくすくって、口に入れながら言った。エリカは、そのイガの顔をじっと見ながら言った。 「ね、教えて。何で私を気にかけるの。」 イガはあまりのストレートさに、さすがに声が出なかった。カツ込みのカレーで、口の中がいっぱいだったせいもある。イガは、口の中の物を、ようやく飲み込んだ。 「ふむ。」 エリカは、自分の頬に手を当て、首をかしげて、イガのほうに流し目を送った。 「やっぱり、あたしが可愛いから?」 「そうじゃないのは、わかってるだろ。」 エリカはその姿勢で固まった。視線が泳いで、テーブルの上に落ちる。 「− そこまできっぱり言われると、やっぱり少し傷つく。」 「あ、いや、可愛くないって言ってんじゃないけど、それが重要じゃないって言いたいんだよ。」 イガは慌ててフォローしたが、あまりフォローになっていない。しかし、エリカは、そのあたりが訊きたかったらしい。視線を戻して、顔を上げ、真正面からイガを見据えた。 「じゃあ、何で。なぜ、私を気にかけるの。」 イガは初めて見たときと、2度目の出会いの時のことを思い出した。どちらの時も、エリカの強さと、その負けん気の強さに魅かれたのだが。いや、魅かれたと思っていたのだが... 「ちょっと、考えをまとめる。ここを出て話そう。」 「うん。」 「ちゃんと、ぜんぶ食ってからな。」 「うん。」 まだ、二人とも半分以上、残していた。イガはカレー皿をつかみ、スプーンで大きくすくいながら、がつがつと食べた。ふと目を上げると、エリカはどんぶりを顔の前まで持ち上げ、がつがつとカツ丼を食べていた。イガは、その食べっぷりに、しばらく見とれていた。 「すごい勢いだな。」 イガが呟くと、エリカはどんぶりの横から、イガを睨んだ。早く食べろというのだろう。イガもカレーの摂取に戻った。あのパワーは、やはりちゃんとした食事を取ることで保たれているらしい。 「くっくっく...」 イガは、おかしくなって、笑いながらカレーを食べ続けた。エリカは、カツ丼を食べ終わり、どんぶりを置いた。そして、笑いながらカレーを食べているイガを不審そうに見やった。 |