微量毒素

白の魔歌 〜友だち〜 p.1


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 アユミは少しうきうきしていた。なんと言っても、エリカが初めてアユミのアパートを訪ねてきたのである。

「さ、そうぞ。」

「ありがとう。お邪魔します。」

 エリカはへやの中を見回した。

「いい感じの部屋だ。アユミらしい。」

「それ、誉め言葉だろうね?それ以外、受け付けないけど。お茶、飲む?」

「いただきます。」

「日本茶と中国茶、どっちがいい?紅茶もあるけど。」

「日本茶?意外な感じだけど。」

「香りが好きなのよ〜。じゃ、日本茶にしよう。」

「うん。」

 アユミはキッチンに立った。ケトルに水を入れ、ガスレンジに火をつける。小さな食器棚の中から、青が主調の和紙が貼られた茶筒を取り出した。ふたを開けて香りをかぎ、エリカの鼻先に突きつけた。

「ほれ。」

 エリカは息を吸い込んだ。春の日差しに照らされた野原のような、香ばしい香りが広がった。

「日本茶の香りって独特ね。香りを嗅いだだけで落ち着く感じがする。」

 アユミは急須と茶碗を準備している。鼻歌交じりに、怪しげな歌を歌っている。

「♪おっちゃうけ、お茶うけ、でも、おちゃけじゃないのよ、お茶なのよ。残念ながら、お茶なのよ♪」

「アユミ、何か楽しそう。」

「あなたが来るなんて、画期的だからね。もう、好奇心うずきまくりよ。ね、何かあったの。まあ、秋に栗の実を包むもののことよね。考えるまでもなく。」

「何、それ。」

「...イガ。」

「......」

「ベタ過ぎた?」

 ギャグによる凍結ではない、沈黙が下りた。エリカは考え込んでいる。アユミは我慢できずに言った。

「さあ、言いなさいよ。やっちゃったの?」

「何をやったって?」

「あんた、かまとと?やっちゃったって言うのは、彼氏とエッチをしちゃったってことよ。」

「彼氏って?」

「文脈がちゃんと流れないなー。栗を包むものに決まってんでしょ。」

 また、沈黙−

「あ、イガさん。」

「で、どうなのよ。」

 またまた、インターバル。

「いいえ。いいえ、全然。」

「じゃあ、何なのよ。何を喋くりたくて、我輩の拙堂を訪れてくださったのじゃ?」

 アユミは言いながら、エリカの前にお茶を置いた。お茶の、鮮やかな黄緑色が美しい。エリカはそのお茶の表面が揺れるのを、しばらく眺めていた。水よりもほんの少しだけ、粘度が高いように思われる、そのかすかな重さを感じさせる揺り返しを眺めて、エリカは重い口を開いた。

「わたし、イガさんの大学に行ったんだ。」

「え?何で?」

「付きまとわれるのが嫌だったから。逆に付きまとってやろうと思って。」

「...それ、普通じゃないよ。」

「うん。イガさんもそう言ってた。」

「で、どうしたの。最後通牒を突きつけちゃったの?」

「ううん、知りたかったんだ。何でイガさんが付きまとうのかって。」

「ほほう。彼の心が知りたかったんだね。」

 アユミは意地悪く言ったが、エリカには通じなかった。裏の意味がある事にすら、気付いていないのだろう。

「そう。それで、私が可愛いから付き合いたいのかって訊いたら、違うって言ったんだ。」

「ぶっ」

 アユミは思わずお茶を吹いた。

「うわ、アユミ!」

「あ、ごめん、ごめん。つい、おかしくて。」

「おかしい?」

「普通、言うか?そんなこと。」

「そんなこと?」

「私が可愛いから付き合いたいのか、が、そんなこと。」

 エリカは目を落とした。

「私、普通ってわかんない。いつもみんな言うけど、自分のどこが普通じゃないのかわかんない。」

「ああ、ごめん、ごめん。普通の人は、そこまで自分の思ったことをストレートに出さないってこと。」

「私、おかしいの?」

 信じられないが、エリカは確かにいじけているようだ。こんなエリカも初めて見る。アユミは慌ててフォローした。

「おかしいというより、素直なんだね。とても素直。いいことだよ。」

「そうか。じゃあ良かった。」

 エリカは機嫌を直した。アユミは呟いた。

「この立ち直りの早さも驚異的だね。」

「なに?」

「いや、なんでもない。話を続けて。否定されてエリカ嬢は傷ついたんだね。」

「うん、少し。でも、そうじゃないとは思ってたから。」

「ほう。イガ氏が、エリカ嬢に執心するのは、可愛い以外に理由があると思っていたのか。」

「うん。だって...今まで近寄ってきた人たちとは、どこか違ってたから。だから、その違っている理由を知りたかったんだ。」

 なかなか、いい展開ではないの。アユミは内心、喜んだ。


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