微量毒素

白の魔歌 〜友だち〜 p.2


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「イガさんはね、私が壁を作っているって言ったんだ。その壁を崩して、外に出して上げたいって。」

「ううん、言うねえ。で、当たってんの?」

「たぶん...自分では良くわからないけど。」

「そうだね。だって、エリカは私のうちにも今まで来てくれなかったもん。付き合い始めて、1年も経つのに。」

 エリカは少し驚いたようだった。

「気にしてたの、アユミ?来て欲しかったの?」

 どうも、このストレートさにはついていけない。

「いや、そういうわけじゃないけど。内懐に入って来ないということは、自分のなかも見せたくないってことでしょ。だから、壁があるな、とは、私も思ってた。」

「何で言ってくれなかったの。」

「怒るなよ。言ってもしょうがないの。このアユミさんは、人様にお願いしてまで、自分の領分に入ってきて欲しいわけじゃないから。もちろん、ダーリンは別だけど。」

「じゃあ、私が今日来たのも迷惑だったの?」

 エリカは眉をひそめて、考えている。こいつは、真面目にそう考えているな。アユミはエリカへのアプローチの難しさに、闘志を覚えた。あれ、ひょっとして、イガさんもそうなのかな?アユミは、少しイガの気持ちがわかったような気がした。

「そういうことじゃない。本人が来たい気持ちがないのに、来てもらっても、楽しい事にはならないってこと。そもそも、迷惑だったら、私は絶対に来てもらわないよ。」

「...ほんとう?」

 エリカは上目遣いにアユミを眺めた。まだ、いじけていやがる、こいつ。アユミは溜息をついて言った。

「嘘はつきません。あたしの目を見て。」

 アユミは両手を広げ、エリカの目を覗き込んだ。エリカはしばらくアユミの目を見つめ、ふっと笑って言った。

「よかった。」

 か、かわいい。こんなにすぐに受け入れちゃうわけ?私が悪い男だったら、何でも出来ちゃうぞ。不安だな...いや、違うな。エリカは、相手が嘘をついているかどうか、直感的にわかるんだ。だから、イガさんが他の人と違うということもわかったんだろう。今、私は嘘をついていないから、受け入れたんだな。うん、いよいよ可愛いじゃん、こいつ。手篭めにしたろか。

「とりあえず、壁はあるんだよね。そして、その壁の中から、王子様はお姫様を救い出したいと。で、どうするの?」

「...どうしよう。」

「壁の外は、茨があって、毛虫が降るほどいて、かえるとゲジゲジが地面を埋め尽くしているかもしれないよ。そんで、生ゴミをゴミの日に出しそこなうと、悪臭が漂うの。」

「なんか、生活感のある話だね。」

「重要なんだよ、そういうところが。」

「なるほど。」

「しかも王子様は寝るとき歯軋りをして、足がくさくて、ご飯を食べる時、ぽろぽろ零すかもしれないんだよ。」

「アユミ、それ、実経験?」

「たとえ話だよ、例え話。しかも、王子はほかの女の子とけっこう仲が良かったりしたらどうする?」

「本当に、例え話?」

「真実、真実。」

「まあ、いいけど。そう考えると、壁のなかはきれいに片付いていて、自分のいるべき場所として整ってるんだよね。それなりに、暮らしやすいように。」

「そうだね。」

「外は排気ガスが充満していて、青虫が菜っ葉についてて、いじわるな女友達がいたり、浮気性の男友達がいたりするわけだよね。なめくじが花を食べ尽くしてたりしてるわけね?」

「話の途中、少し引っ掛かるところもあるが、そう。」

「じゃ、王子様は悪者?」

「悪者って...そりゃ、お姫様の考え方次第だろうね。でも、救い出されたお姫様方は、たいがい、いつまでも幸せに暮らしたりしてるから。思い込みの強い方々なのかもしれないね。エリカはどうなの?」

「...どうだろう。」

「イガくんも、そこまでは考えてないんだろうね。救い出したお姫様を、幸せにできるのかどうか。」

「きっと、そうだ。救い出すことしか、考えてない気がする。」

「そんな感じなんだね、イガくんは。」

 アユミは香ばしいお茶を口に含んだ。冷めてしまったが、このほうが香りが強くなる。アユミは目をつぶり、森の中で王子様を待つ自分を思った。ドレスに身を包み、白馬に乗った王子様が、自分のもとを訪れてくれるのを待つ夢。実際は、白馬だって、おしっこもすれば、他にも色々する。王子様が、ロバに乗って、とことこやってくるかもしれない。場合によっては、自分がサラブレッドにまたがり、王子様の元に駆けつけるのかもしれない。でも、どの想像も、必要以上に心地よいものだった。アユミは、王子様と一緒に歩く準備が出来ている。でも、この二人は?


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