微量毒素

白の魔歌 〜友だち〜 p.8


魔歌 back end


 青のポスターカラーで厚塗りしたような空に、これも水の足りない白のポスターカラーをこすりつけたような、夏の空が広がっている。海は濃い緑色に見えるが、近くになるほど薄くなり、波打ち際はちゃんと透明になっている。水が見ているものを騙すために、わざとグラデーションをつけているようだ。

 夏休みとは言え、平日なので、子供たちとお母さんたち以外の姿はあまりない。休日は混みあって大変だそうだが、きょうは空いている。その砂浜の一角に、賑やかな一団がいた。

「超ウルトラ・スペシャル・アターック!」

 アユミの手で打たれたビーチ・ボールは、イガの顔面を直撃した。イガは砂浜に仰向けに倒れる。イガは起き上がって言った。

「ちょいと、アユミさん、なんで俺だけを狙うんだよ。」

「だって、打ち込みやすいところにいるんだもん。」

「じゃあ、場所を変わろう。タツミくん、ここに来たまえ。いとしの彼女が正面から見られて、うれしいだろう。」

「いいっすけど。アユミ、やっぱりすご過ぎない?その水着。」

「あらん。たっちゃんに見せるために、おととい買ったばかりなのよ。よく見てね♪」

 腕を頭の後ろで組み、ポーズを取ってみせるアユミ。タツミはどぎまぎして目を逸らす。

「やってられんな、こりゃ。」

 イガは正面になったエリカの姿を見た。

「エリカさん、やっぱり地味すぎない?その水着。」

「なに見てんのよ。あなたに見せるために、買ったんじゃないんだから。見ないでね。」

「なんか、何しに来たんだかわかんないな。」

「海水浴でしょ。」

「そら、そうだけど。」

「ほら、続けるわよ。せーの、」

 ビーチボールが上がる。今度はエリカが飛び上がり、

「超べりべり・デリシャス・スマーッシュ!」

 イガの顔面を直撃した。

「だから、なんでこうなるんねん...」

 イガは倒れた。


「楽しそうね。」

「ま、そうだな。」

 ムサシはルカと、パラソルの下で休んでいた。

「ムサシ様、あの子、エリカさんて、イガさんのことが好きなんでしょ?」

「いや。本人はただの友だちだって言ってるけど。」

「恋人同士にしか見えないわ。照れ隠しかしら。」

「いや、そんな子じゃない。たぶん、彼女自身、まだ気付いてないんだろう。変わったところのある子だから。」

「イガさんは、けっこう普通の人だから、あの子と付き合うのは大変じゃないかしら。」

「ああ。けっこうがんばってるみたいだけどね。」

「人事とは思えないわ。」

「?」

「せっかく帰ってきても、連絡もよこさないし、私よりイガさんといる時間のほうが長いし。」

「あ、いや、それはイガのやつが...」

「うまく行くといいわね、あの二人。行きましょ。みんなと一緒に遊ぼ。」

 ルカは立ち上がり、皆のいる方に駆けて行った。その後姿を眩しそうに見ながら、ムサシも立ち上がった。空を仰ぐ。夏の空は、やはりひたすら青く、雲はあくまで白い。

「夏だな...」

ムサシは呟き、焼けた砂を踏みしめながら、歩いて行った。


魔歌 back end
home