微量毒素

白の魔歌 〜地吹雪〜 p.1


魔歌

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白の魔歌 〜地吹雪〜
李・青山華

 目の前はすべて白一色に塗りつぶされたように見える。しかし、よく目を凝らしていると、次第にさまざまな濃淡が見えてくる。そのうち、その白の濃淡が混ざり合い、また分かれて踊りまわる。その何万種類にも見分けられる、白から黒までのさまざまな濃淡は、見ているうちに、ほかの色彩がこの世にあったことを忘れさせるほどの存在感を持って迫ってくる。これは、人の命を奪う色彩だ。否、あらゆる生命と関係を持たず、その生命を絶つことに何の罪悪感も、絶つということに対する意識すら持たない色彩である。

 このような無彩色の乱舞が数時間から1日、場合によっては数日も続く。そして、その乱舞が唐突に止み、艶やかにまで青い空が覗く。見る間に無彩色の世界は、色彩の世界の後ろに退き、白い大地のそこかしこから、身を潜めていた生命が姿を現す。どれほど無慈悲な自然が通り過ぎても、生命はけして途絶えはしない。自らの知恵と、意思によって、どのような逆境にも耐えうる力を持っているのだ。もちろん自然が通り過ぎる間に、多くの生命が失われはするが、生命はこのように、つながってゆくのだ。



 目の前を、何人いるかもわからないような人の群れが通り過ぎてゆく。人工灯の下で、行き交う顔は、一様に疲れきっているように見える。これだけ大勢の人が交錯して、大事故が起きないのは、人間の持っている偉大な特性のおかげなのかしら、などとユカルは思ってみるが、ふるさとで見た山蟻の巣のまわりの光景を思い出し、少しげんなりとしてしまう。

 これだけ、情報技術が進歩して、どんなに辺鄙なところでも、通信さえあれば、ほとんどのことができてしまう時代に、これだけの人が集まらないと、機能しないものがあるとすれば、それは偉大な特性ではなく、人間の能力の限界なのかもしれない。なんで、人は群れないと何もできないのかしら。ユカルは無機質な表情の群れを見ていることに飽き、地上に出る道を探した。

 人の流れに逆らいながら、出口を捜す姿は、都会に慣れていない田舎娘のそれに映ったに違いない。羊の群れのような生気のない群れの中にも、都会特有の捕食者が潜んでいたらしく、ようやく生ぬるい空気の流れる地上に出た途端に、ユカルは4人の若者に囲まれた。

「どこから来たの。」

「北海道。」つい答えてしまったのは、やはり田舎者だからかな、とユカルは反省をする。

「へー、ずいぶん遠いんだ。」

「いいところだよね、北海道は。」

「おまえ、行ったことあるのかよ。」

「あるわけないじゃん。北の国からだよ。俺の情報源は。」

「寒いんだろ。雪は降るの?スキーは得意?スノボ?」

 ユカルは返事する気もなかったので、黙っていたが、どうやらこの捕食者たちは、ちゃんと狩の仕方を心得ているらしい。故郷につながる情報をまくしたてることで、いつの間にか自分たちを犠牲者の知り合いのように感じさせ、抵抗をなくしていくのだろう。情報一つ一つの質は低くても、その情報の量が多ければ、異郷に来て心細くなっている犠牲者は進んで騙されたくもなるだろう。

 この捕食者たちの呼吸の合い具合は、彼らがずいぶんとたくさんの狩を行い、成功していることを示すものだろう。ユカルはある意味、自分の同業者である彼らのやり方をもう少し見学させてもらうことにした。そのためには、もう少し自分をおいしいえさに見せておく必要がある。

「あの、私、今日はじめて東京に来たんだけど、どこがどうなっているのかわからなくて。」

「これから何か約束でもあるの。」さっそく食いついてきた。

「ええ、すぐにはないんだけど。」

「じゃあ、けっこう時間あるんだ。どう、俺たちの知ってる店に行って時間つぶさない?」

「あ、うん、ちょっとなら大丈夫だけど。」

「じゃあ、行こ。長旅で疲れてんでしょ。ゆっくりできる店があるから。」
 この目配せはわざとらし過ぎるけど、何かの合図なのかしら。こっちに丸見えじゃ、まずいんじゃないの。それとも、こういう状況になると、気づけないものなのかしら。

「え、でもどこに。」

「すぐ近くだよ。あ、荷物持ってやるよ。」

「あ、いいよ。」

「いいから、いいから。疲れてんだろ。」
 優しげに聞こえるけど、これは獲物を逃がさないためのいいやり方だわ。

「ほんとうにいいから。」

「なに、俺たち疑われてんの?やだなー。大丈夫だって。ほら、じゃあ金目のものだけ自分で持っていいから。重いもん持って歩き回りたくないだろ。」
 なるほど、こっちが信頼していないと言うことを突きつけて、こっちに負い目を持たせるのか。しかも、金目の物が何かをここですかさずチェックしてるし。一石二鳥だわね。心理学でもやってんのかな。それとも経験則なのかな。いずれにしろ、なかなか大したもんだわ。

「あ、ごめんなさい。じゃ、お願いします。」

「いいって、いいって。じゃあ行こ。すぐそこだから。」
 先に立って歩くか。これも下心がないように見せるためのポイントかな。しっかり左右は残りが固めてるし。オーソドックスだわ。うわ、急に人気のない所に来たわね。都会っても、一歩裏に入るとこんなところがしっかりあるのね。こういうところを根城にしてるわけだ。でも、ここはひどすぎるんじゃない。どうみても怪しすぎるわよ。

「ここ?」

「ああ、見た目はひどいけど、中は少しはましだから。」
 あまり説得力ないな。ま、ここまで連れてきちゃえば、もういろいろ小細工する必要もないのね。いざとなれば力ずくでもOKそうだし。これぐらいにしとくかな。迎えの人間も心配してるだろうし。してないか。


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