白の魔歌 〜地吹雪〜 p.2
魔歌 |
「あの、やっぱり私、いい。もう行かなきゃいけないし。」 「いいじゃん。とりあえず一服して。そしたら送ってくから。」 もう焦りが見える。若いな、まだまだ。 「でも、いいです、ほんとうに。」 あら。本当に険悪な雰囲気になってきたわ。うふ。 「いいから、来いって。」 「あ、ごめんなさい。」 いきなり腕を掴みに来た手を払っちゃった。あーあ、乱闘必至ね。きょうは暴れる格好してないのにな。ハイヒールなのにな。 「いいから、来いって言ってんだろ。」 ああ、やめて。怪我をしちゃう。あなたが。 「いててててっ」 ああ、あぶない、そんなに手を振り回したら折れちゃうわ。ボキッ。 「ぎゃーっ」 ああ、だからあぶないって思ったのに。いけないわ、そんなにむきになって突っ込んできたら。ああっ、いけない。足が、私の足が、あなたの足に引っかかっちゃう... 「ひぃーっ」 ああ、ハンサムなお顔がひどい擦り傷で台無しよ。アスファルトの上の砂って怖いのね。注意しよう、私も。あら、武器?いたいけな女の子相手に武器?何よ、それ。通販で買ったの?ヌンチャク? 「三節棍じゃー。」 ばか?この人、ばか?素敵。こういう人って好きよ。んーっと。あ、この木の枝って、これ犬のうんこだわ。あー、よかった。掴まなくて。こんなところにうんこを放置しておくなんて、飼い主の風上にも置けないわ、って、危ない!この人、本気だわ。私の顔に傷が付くとこだったじゃない。えっと、あんまり余裕ないか。じゃ、こっちも武器を、と。これね。伸びるのよ。けっこう頑丈だから。これをサン・セツ・コンさんの前に出すとね、勢いがついてる棒がね、ほら。キィン。 「ぐはっ」 あら、見事に自分の顔に命中ね。こうなるわけなのよ。えーっと、4人いたんだから、あと一人。あら、そんなところにいたの。 「こら、やめろ、近づくな。」 何なの、それ。私は被害者(予定)よ。そりゃ、いつの間にか人数は1対1になったけど、あなたは加害者(予定)なのよ。そのおびえた声はないでしょう。許せないわ。男なら最後まで華麗に散りなさい。せーの。カコーン! 「ごっ」 久しぶりに男の人を蹴り上げちゃった。やっぱり気持ちいいわー。でも、ヒールが飛んじゃった。拾ってくれそうな人は残っていないし。 「お見事。」 いつの間にかごつい男が一人立っている。この雰囲気は、たぶん同業者ね。 「まったく、悪趣味ね。最初から見てたんでしょ。なんで助けてくれないのよ。」 「いや、あんまり素直についていったから、実はナンパされたかったのかと思ってね。邪魔しちゃ悪いが、迎えに来た手前、このまま帰るわけにもいかず、様子を見ていたというわけだ。」 「何が様子を見ていたと言うわけだ、よ。早く靴を拾ってよ。」 「ああ、すまない。」 男はユカルの靴を拾い、ほこりを払いながら近づいてきた。 「で、あなたが迎え、ってわけ。」 「そうだ。コウガという。よろしく。」 「私はユカル。で、なんで私をこんなところに呼んだのかな。」 「私は知らない。まあ、知っていても喋らないが。」 「ま、そうよね。でも、あんたも同業者よね。」 「ノーコメント。」 「かーっ。これだから都会もんは。何かっこつけてんのよ。」 「すまん、田舎もん。」 こいつ、いつか絶対いびってやる。 「ま、いいわ。とりあえず、案内してくださる?」 「ああ。また道に迷われたりしたら、かなわんからな。」 ぎく。こいつ、まさか、私が山手線を一周したのを見てたんじゃないでしょうね。ありうる...いいわ、いつか仕事のついでに抹殺しましょ。それがいい、それがいい。 「こっちだ。」 「荷物ぐらい持ちなさいよ。」 「んー、ま、いいか。疲れてるだろうしな。一日歩き回って。」 決まりだわ。次のお仕事の時に消えてもらうしかないわ。固い決意を胸に、私は男の後をついて歩き出した。過去から、未来へ。私は幸せになってやる。絶対に。どんなことをしても。そのためにあたしは来たんだから。 |