微量毒素

persons おはなし

人間
李・青山華

infant;幼児期

彼の全世界は自分の回りにあるもの。その外の世界ははるか彼方にある。
時おり訪れる外部世界からの来訪者は、彼にとって未知の物である。
それは彼を怯えさせ、また強い興味を持たせる。

彼の世界では、存在するものはすべて個別に強い意味を持たせられており、
それと異なった行動は、彼を不快にさせる。自分を守り、愛するもの。
自分が自由にしていいもの。自分が触れてはならないもの。
稀に、自分を傷つけるもの。

しかし、本来は彼は中心の存在なのだから、回りはすべて自分の思い通りに
ならなければならない。それが満たされない時、彼は大きく抗議の叫びを上げる。


boys and girls;少年期

彼の欲しいものは、今、彼自身が欲しいもの。流行のものを欲しがるのは、
その流行のもので遊ぶ他人と遊びたいから。
自分の遊びたい相手がそれに興味を失うと、彼自身も興味を失う。

欲しいものはわかっている。
まだまだ親を愛し、愛されているので、判断基準は親を中心とする周囲のもの。

性別は意味を持たないが、周囲が気にすると、他の諸々の差別と同様、
それを周囲がしているままに区別する。
オブラートに包む必要を感じないので、その差別は冷酷で、妥協はない。
時に死も、その延長にある。

蜂が巣を作る様子や、水が流れて、様々なものを運んでいく様子、
炎が木を包み込んでいく様子をずっと見つめていて飽きないが、
そんなに余裕のない周囲の者が急きたてるので、
彼は自分の本当にしたいことを次第に忘れていく。


young;青年期

彼の欲しいものは、回りの人間が欲しがるもの。
彼自身はまだ自我を確立していないので、本当に欲しいものが何かわからない。
その不安から、彼に情報をもたらす、権威があるものが良いとしているものを欲しがる。
そこに本当の嗜好はない。

異性よりもいいものはたくさんあるが、異性が全てのものを超えた存在として、
歪な欲求を持つ。自分の求めるもの、相手の求めるものは見えていない。
ひたすら相手の要求に従うか、とにかく自分の要求に従わせる。

自分自身の本当の欲求から来るものではないので、異性といても楽しくならない
時もある。
彼はそれを自分自身のせいではなく、隣にいる者のせいにして、新たな異性を求める。
しかし、どこまで行っても満たされるはずはない。それは彼自身の求めている
ものではないから。


prime;壮年期

彼の欲しいものは、自分の価値を高めるように思わせる全てのもの。
彼は自分の本質に薄々気付いているので、それから目を逸らすためならなんでもする。
金や地位を欲しがるが、本当はそんなものなんか求めてはいない。
自分でもわかっているから、人と話をする時は、いつもどこか怯えている。

彼はいつも怯えている。自分の作った脆い殻を壊そうとするものたちに。
世間でいう価値のある金や地位、衣装や家屋、愛人に腹心の部下で必死に自分を
鎧おうとするが、そんなものには、実は何の価値もないので、いくらかき集めても、
彼を守ってはくれない。
彼自身の価値を決めるのは、彼自身の中にある核の質だけなのだ。
もちろん、彼もそれは知っている。知っているが、必死で知らないふりをしているのだ。
ただ、その彼自身と向きあうのを怖れるが故に。

彼は彼自身に怯えている。いつか、彼自身が、今の生活を否定することを。
そこまで積み上げたもの全てを突き崩すことを。
もちろん、彼にはそんな力はないから、外から訪れる、彼を切り崩すものを。
それは自分の子供の言葉であるかも知れず、自分の友人の言葉かもしれない。
あるいは何気なく言われた言葉を、彼は受けとめ損ね、足元に落ちたその言葉が、
彼の足元を崩す。彼はその言葉と共に、深みの中に落ち込んでいく。
そこをまた這い登ってこられるかどうかは、彼の思いの強さ次第である。


old;老年期

彼は回りの世界が見えなくなってきている。かつてそうであったように、
自分の世界は自分を中心に回り始めている。しかし、周囲は以前のように、
自分を中心に見てくれるわけではないので、彼は鬱屈している。

彼は、自分が外の世界とつながっていた頃のことを覚えているので、
そのつながりを感じさせてくれるものがあると、必死にそれにしがみつく。
しがみつかれた側は、それをうっとうしく感じ、振り放そうとするが、
それを感じた彼は、自分の全てを否定されるように感じ、なおいっそう強くしがみつく。

彼はさらに遡って行き、何も持たないが故の幸福の時代にたどりつくことがある。
そうなった彼は、生きながら既に解脱してしまっている。それが幸せか不幸かは、
誰にも、本人にすらわからない。

05.01.05

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