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スーパー銭湯

李・青山華
近所にスーパー銭湯が出来た。自宅に風呂はあるのだが広い風呂は気持ちいいし、色々なバラエティ浴槽もあるので時々行っている。そこでいつの間にか、どうにも気になることが出来てしまった。あるじいさんのことなのだ。とは言っても因縁をつけられたとか変な試みに誘われたとかいうことではない。ただどうにも、いつもいるのだ。

偶然なのかもしれない。しかし自分が行く時には必ず来ている。浴室エリアで湯に浸かっているか、大広間で涼んでいる。牛乳を飲んでいることもある。

別に不自然なことはない。毎日風呂に入って悪いことはない。でも、気にし始めるとその気持ちを振り払えない。いつの間にか行くたびにそのじいさんの姿を捜してしまう。そして見つけるとほっとしたような、不安のような、不思議な気分になってしまうのだ。まあ偶然のことだろう。考えすぎているのだ。

ある日友だちに誘われて午前中にスーパー銭湯に行った。まさかいないだろうと思いながら、それでも目はいつの間にかじいさんを探している。きょときょとしながら浴室に入ると壁に向かって身体を洗っているじいさんがいた。

午前中から自分が行く夕方まで、ずっとスーパー銭湯で時間を過ごしているのか? 偶然にしては出来すぎている。食事をする場所なんてない。一度出て、また戻ってきているのか? 何でそこまでしてスーパー銭湯に来るのか?

ことここにいたると、気になり過ぎて放っておくことができない。一大決心をして、スーパー銭湯が開く前から行って前に並んだ。もちろんスーパー銭湯の開店待ちをしている人間なんて他にはいない。じりじりしながら待っていると、おばさんがドアの鍵を開けに来た。

不審そうにこっちを見ているおばさんを押しのけるようにして、開くと同時に駆け込んだ。受付で金を払い、脱衣場に入る。人の気配はない。もちろんじいさんの姿もない。ほっとしながらも、何となく物足りない思いを抱いて、服を脱いだ。

拍子抜けしながらも、せめて一番湯を楽しもうと思いながら浴室エリアに入り、湯気の中で固まった。じいさんが大きな湯船に漬かっている。ちょうどよい具合にピンク色にうだって、鼻歌を歌っている。

そのまま回れ右をし、浴室エリアを出た。脱衣場を抜け、受付に向かう。受付のおばさんはこっちを見て眉をひそめた。しかし、こっちは相手の思惑なんて気にしていられる精神状態ではない。勢い込んでおばさんにまくしたてた。

「あの、おじいさんがいるんですけど」

「そりゃ、いるわよ。貸し切りってわけでもないんだし」

「でも、一番に入ったんですよ」

「そりゃ残念でしたね、一番湯に入れなくて。でも仕方ないでしょ」

「だって初めにきたんですよ? 他に誰もいなかったのに」

「思い違いでしょ。ここでそんな事を言われても、どうしようもないんだから」

「いや、そうじゃなく、俺より早く入った奴なんて…」

その時おばさんの一団が入ってきた。

「本当に広いわね」

「でしょう? 一度来てみたかったのよ」

がやがやと喋りながら入ってきたおばさんたちは、こっちを見て固まってしまった。ふと気づくと、俺は受付のまん前でタオル一枚を腰に巻いた半裸の格好で立っている。受付のおばさんは迷惑そうに俺を追い払うような仕草をした。

「ほら、騒ぎにならないうちに戻って」

俺は仕方なく浴室に戻った。じいさんはちょうどサウナ室に入っていくところだ。本人に質してみよう。意を決して俺はサウナ室に向かった。サウナ室のドアを開けるが、中には誰もいない。しばらくぼうっとした俺は、呼吸が苦しいような熱さのサウナ室の中で総毛だった。

サウナ室を飛び出るとじいさんは身体を洗っている。飛び出た俺の気配に驚いたのか、じいさんは振り返った。荒い息をしている俺を見てじいさんはにやりと笑い、また向こうを向いて身体を洗い始めた。その時新しい客が入ってきた。この顔もしょっちゅうみかける顔だ。そう思った途端に俺は浴室を飛び出した。ロッカールームに向かい、服をつけるのもそこそこに、スーパー銭湯を飛び出した。

それからどうしているかというと、今も時々スーパー銭湯に通っている。じいさんとはよく顔をあわせるが、今は会釈をしあう程度には親しくなっている。いつ行ってもいるような気はするが、それは偶然だ。たまたま行きあっているだけで、ただそれだけのことなのだ。
05.02.09
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