Night
誰もいないと思って歩いている道で、誰かとすれ違う
李・青山華
夜道を歩いている。とんでもない深夜で早朝の仕事が動き出すのにもまだ遠い、そんな時間に歩いている。世界は人でないものに満ちて、虫の声や夜の眷属の声が喧(かまびす)しい。あなたは一人で夜の底を歩きながら安らいでいる。
ところが向こうから何かが歩いてくる。恐怖は感じない。ただ一人だけの場所に闖入されたようなかすかな不快感があるが、もちろんそれは身勝手な感情であり、あなたはそれを間違っていると思い抑えることができる。あなたはすれ違うときに会釈をする。
通り過ぎて何歩か歩いたところで、あなたは突然総毛立つ。相手は会釈を返しただろうか。返したような気もするしそのまま通り過ぎたような気もする。あなたは止める心の声を抑えつけて後ろを振り返る。相手はもうずいぶんと遠くまで行っている。
あなたはこの先に何もないことを知っている。道は突然途切れ、どこに行くこともできない。なのになぜあの人はあっちへ向っているんだろう。
そしてあなたはもうひとつのことに思い当たる。あなたはなぜこの道を歩いているのだろう。そしてあなたはどうしても思い出せない。あなたがこの先に行った理由を。あなたは人の通ることのない道を歩きながら、必死に思い出そうとしている。