微量毒素

おはなし

駅で電車を待つ
李・青山華

ずいぶんと待っているのに、列車が来る気配がない。
もうとっぷりと暮れて、ホームには電気がついている。
自分以外に待っている人間はいないし、駅員の姿も見えない。
古びた木のベンチに座って、列車を待っている。

列車の遅れについての放送もないから、待っていればいいのだろう。
それにしても、ずいぶん待っている気がする。

時刻表は確認したはずだ。
構内に入る前に、待合室の壁に貼ってある時刻表で確認している。
けっこう待つな、と思いながらも、駅前にも何もないので、
仕方なくホームに出たはずだ。
もう「けっこう」な時間が経ったような気がするが、
主観的にそう感じているだけかもしれない。

駅の時計は壊れているらしく、動いていない。
腕時計もしていない。
待合室には時計があったような気がするが、わざわざ出て行くのも億劫だ。
何時に電車が来るのかも忘れてしまっている。
確かに来るはずだという思いにすがり付いて、そのままホームで待っている。

本当は確認するのが怖いのかもしれない。
待合室に時計はなく、時刻表もなかったとしたら。
いったい何を持って来るはずだと判断したのかを知るのが怖くて、
ホームから出られないのかもしれない。
馬鹿な考えが湧きあがるのを抑えて頭を強く振る。

ふと気が付いたが、季節はいつだったろうか。
冬にしては寒くはない。夏にしては暑くない。
虫の声が聞こえないから秋でもないだろう。
春でないのは明らかだ。
もう一度、馬鹿な考えが浮かぶのを抑えるように頭を振る。

ここはどこだろう。
なぜここで列車を待っているのだろう。
何かの目的があってここにいるはずなのに、まったく思い出せない。
家に帰ろうとしているのか、出かけようとしているのか、
どこに向かっているのかも思い出せない。

私は誰だろう。
自分が誰であるかわかれば、自分が向かうべきところがわかるはずだ。
必死で自分が何者か思い出そうとしているが、思い出せない。
頭の中に薄い紗がかかっているように、肝心なところを思い出せない。

ここがどこか、どこに向かおうとしているのか、自分が誰か、
すべてがわからないということがわかり、思わず立ち上がったとき、
地面が振動を伝えてくる。
暗闇の遠くから、何かが近づいてくる。
やがて闇の中に、黄色っぽい明かりが二つ見えた。

もうすぐ駅に着く電車を待って、私はものすごい恐怖に怯えている。

05.03.09

おはなし

微量毒素