微量毒素

誰かの死んだ日の夜 おはなし

母親の死んだ日の夜
李・青山華

肉親の死は、あなたの精神を大いにかき乱すだろう。しかし、あなたはいつまでも
乱されたままではいられない。死が呼び寄せる、煩雑な事務作業に追われ始める。

あなたは電話をかけ、次から次へと差し出される書類にサインし、段取りを相談し、
いつしか自分が身近なものの死を世間に告知することに、達成感と喜びを感じている
のに気づくだろう。

そのことで、あなたは自分を責めるかもしれない。しかしそれは必要なことなのだ。
死んでしまった肉親のためにも、それは行わなければいけない儀礼なのだ。

あなたは、人々がそれほど悲しんでいないことに気づくかもしれない。思いもかけない
人が、真実の涙を流すのを見るかもしれない。でも、それはあなたとは関係のないこと
だ。それは、あなたの肉親に対する情から来るものだし、他人の死というものは、
なかなかに理解できないものなのだ。死と向き合うのはたやすいことではないから、
理解したくないものなのかもしれない。

そして非日常的な事態の、日常的な事務処理によって、あなたの精神は安定を取り戻し
たかのように思える。そして何日かが過ぎ去る。そして、肉親を送ってから、初めて、
何か別のことがあなたの心を揺るがせる。それはいいことかもしれないし、悪いこと
かもしれない。

そしてその時に初めて気づくのだ。あなたのことをあなた以上に喜び、また悲しみ、
また苦しんでくれたあの人は、もうどこにもいないのだと。

どんな時にも、あの手が背中に乗ることはもうないのだと。


おはなし

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