微量毒素

おはなし

李・青山華


桃の花が、鮮やかな色味を見せている。
遠めに見ても美しい花だが、それにしても、ここは少し離れすぎている。

「もっと近くで見ればいいのに」

「もっと近くで見たいんだけどね」

少女は温もり始めた地面の熱を欲しがるように座り込んでいる。
早春の風はまだ寒い。私はコートの前をかき合わせて桃を愛でる。

「でも、ここで十分。いいの」

「別に遠慮することもないのに」

「遠慮してるわけじゃないんだけどね」

私も特に近寄ってみたいわけではない。
近くに寄れば花の美しさが増すだろうか。
花木は遠くから望んだほうが美しいかもしれない。
しかし、ここで十分にしては彼女はさっきからため息をついている。

「本当にいいのかい」

少女は私を見上げ、もう一度ため息をついた。

「行きたいんだけど、とばされちゃうんだ」

少女のスカートの下から、ぞろりと黝い鱗のある尻尾が覗く。
そうだったか。
桃に拒まれる眷属と一緒にいて、私は遠く桃を見る。



おはなし

微量毒素