微量毒素

おはなし

花火
李・青山華

花火は、どうしてあんなに華やかなのに、あんなに寂しいのだろう。
夜空に駆け上る白い筋と、それが消えたずいぶんと先から、大きな花が開く。
花が次から次へと咲き誇るスターマインもある。
開いた花の先から、さらに花が広がるものもある。
あれほど華やかな出し物はそうそうないというのに。

夜だからだろうか。それとも、大人になってしまったからだろうか。
しかし子供だったときも、花火見物は楽しいながらに寂しさを感じさせられて
いたような気がする。
やはり、花火は終わりを告げるものだからかもしれない。
イベントの始まりに上がる花火もあるが、人々はこれから始まるイベントに
気を浮き立たせているので、花火はその気分の添え物にしかならない。

それに比べて、イベントの終わりの花火は、その一つ一つが木のふたを打ち付ける
石の音にも似て、ひとつ、またひとつと確実に終わりに向かって進んでいく。
花火の数が増えたり減ったりすることはない。
どんなに華やかに夜空を彩っても、終わりに向かっているという事実は消えない。
いや、華やかであればあるほど、終わりが強く意識させられてしまうだろう。

そのイベントが終われば、後はいつもの日常が待っている。ハレの日は終わるのだ。
夏の花火も、夏が確実に終わりに向かっていることを胸に刻み込んでくれる。
花火は、豪奢で、華やかであるほどに、終わりを強く意識させてくれる。
そして花火の終わった時、人はもう遊ぶ時間がとうに過ぎていることを知る。
花火は、終末を迎えるためのイベントなのだ。

05.08.17

おはなし

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