Autumn
秋の原
李・青山華
「こんなに澄んでるとさ、居場所がなくなっちゃうんだよね」
どことなく所在無げに傍らの少女がつぶやく。目の前に広がるのは枯れて広がる野原。はるか向こうに山の影は見えるが、なぜか絶望的に遠い。春にはあんなに近く見えていたのに。
「遠いよな、何もかも」
私の呟きは少女に届いているのか。
「どこもかしこも切り出されて、間に入る隙がないの。モノとモノがくっきりと分かれちゃって」
秋の空気の下でものは全て輪郭を明確にし、曖昧な狭間はいっさいなくなっている。秋の常のこととはいえ、ここまで徹底していただろうか。
「でも何とかなるだろう。家や何かの中なら」
おそらくそれも駄目だろう。空気は稠密に全てを満たし、秋の特性はあらゆるものに浸透している。逃げ道はおそらくないのだ。
「誰かが意地悪しているんだ。こうでない時もあったから」
私も同意している。そう、こうでない時もあったのだから。しかし今はこうなっているのだ。詮のない愚痴だが胸に刺さる。こうでない時もあったのだ。
「いつ行くことになるかわからないから言っとく。バイ、バイ」
少女はこちらを見ずに言う。私も少女を見ない。モラトリアムの時期は疾うに過ぎ、全てを決める冷酷な秋があたりを満たしているのだ。
「何でかな」
私の言葉に少女がこちらを見る気配がする。
「なぜ出会ってはいけないものが出会うんだろう」
少女は笑いの気配のようなものを漂わせる。私は意地でもそちらを見る気はない。少女は耳慣れた低い声でささやく。
「…出会いたかったからさ」
私はくじけて少女のほうに顔を向けようとするが、おそらく目を向けた時にはそこに何もいなくなっているだろうと感じている。激しい喪失感に巻き込まれながら、それでも私は少女を振り返る。確かにあったその出会いを、全身全霊を込めて肯定するために。
05.09.21