微量毒素

おはなし
雪下ろし
李・青山華


雪国では、屋根に積もった雪をそのままにしておくと、家がつぶれてしまう。
次から次へと降り積もる雪は、新しい雪の重さでどんどんと圧縮されていく。
一軒の家の屋根の上で、十数トンになるそうだ。
だから、雪が積もってくると、大人たちは時おり外に出て、屋根を見上げる。


1メートルを越えると、そろそろ屋根に上って、雪を下ろすことになる。
もちろん、屋根に上るのは、雪国でない国でもそうであるように、とても危険である。
回りに雪が積もっているから、落ちても即死ということは少ないが、雪で滑るし、
下ろす雪に巻き込まれることもある。
年に何人かが亡くなっている、間違いなく危険な作業である。
にもかかわらず、雪国では多くの家で、家のものが淡々と屋根に上る。


梯子をかけ、最初に上るのは家長。
雪を切ることのできる、しゃもじのような平面の木のスコップで、
上り口の雪を四角く切り取り、落とす。
もちろん、下にいてはいけない。
下手をすると、落ちてくる雪で、首の骨を折ることになる。
そこから屋根に上り、軒の方から雪をさくさくと切って、ぐいと押すと、
雪は自分の重みで滑り落ちる。


下にももちろん積もった雪があるので、雪はその上に落ち、積み重なる。
窓のあるエリアには、雪囲いがされており、雪はそこで遮られ、積み重なっていく。
家の中にいると、雪下ろしで落ちる雪がドン、と落ちるごとに、
家がぎしぎしと圧迫されていくのを感じることができる。


隣家との境などにはなるべく落とさず、庭の側と、流雪溝と呼ばれる、
雪を流すためにある、急な流れの用水のある側に落とす。
すべて落とし終わると、雪は2階まで届いていることも多い。
このまま放置するわけにも行かないので、危険な屋根の上の作業を終えて
下りてくると、休む間もなく、周囲の雪の片付けに入る。
手足の先は冷え切り、身体は湯気を立てているのだが、休むと、
立ち上がる気力が萎えてしまうのだ。


肉体的には、こちらの方が大仕事になる。
上から重力で滑り落とすのに比べ、溜まった雪隗を横に移動するのは、
すべて人力で対応しなくてはならないからだ。
色々な道具を使いながら、家の前の雪を、
人の出入りに支障のないように空けて、地面を掻く。


基本的には、家の前の流雪溝に落として、流してしまうのだが、
雪の晴れ間に行うので、ほとんどの家が同じ時にやることになり、
かなりの急流が完全に堰き止められ、ぴくりとも動かなくなる。
こうなると、どうすることも出来ない。
民家のある限り、ずっと先まで、びっしりと雪が詰まってしまうからだ。


庭の方に落ちた雪は、さらに処理が難しい。
基本的には家からできるだけ離して積み上げていくことになる。
日でも射さない限り、いつまでも同じ大きさのままである。
子供がいる家では、これを積み上げてソリ遊びの山にしたり、
巨大なかまくらを造ったりする。
それが、時には母屋と同じくらいの高さになることもある。
雪自体の圧力で固く締まった雪は、上で飛び跳ねても潰れないほどの強度になり、
雪国ならではのいい遊び場になる。


もちろん、危険もあるので、十分な注意は必要であるが、雪国の子供たちは、
雪をそれほど舐めてはいない。十分な注意を持って、遊びに臨んでいる。
もちろん、それでも事故は起こるのではあるが。


これを一冬に何回も繰り返す。そうして雪国の冬は過ぎていく。
そして、屋根を見上げる大人の眉間から皺が消える時、雪国は春を迎えているのだ。

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