Earth
泥の中に裸足で入る
李・青山華
実際やってしまうまでは抵抗もあるし、なかなか踏み出す気になれないけれど、覚悟を決めて一歩踏み出してしまえば思っていたほど嫌なものではない。
長靴の上から泥は滑らかに足を包み込む。体重を固い地面から泥に移すと、足はどこまでもずぶずぶと沈んでゆく。ふと恐怖感に襲われて足を引き上げようとするともう一方の足に体重がかかり、そちらもずぶずぶと沈んでいく。
抜け出られなくなるという恐怖に襲われて引き抜こうとすると入れた角度と違った方向に力をかけることになり、これはもう容易に抜けなくなってしまう。とにかく慣れた世界に戻ろうと固い地面の方に身体をひねると、もう足は抜けない。
ほんの数歩の距離がとても届かない距離になる。慣れた人は笑みを含んであがく様子を眺めている。ついには長靴から足が引き抜かれて、泥の上を這うようにして固い地面に戻る。
泥まみれになって惨めな気分でいると、慣れた人が長靴を取ってくるように手で指し示す。恨めしい思いで見ていると、なおも強く促す。仕方なく裸足のまま泥の中に踏み入る。
裸足の指の間を泥が通り過ぎるのを感じながら踏み入ると、泥はやさしく足を包み込む。
引き抜こうとすれば簡単に引き抜くことができ、長靴を履いていたときよりもはるかに自由に動き回ることができる。
さっきまで自由を奪っていた長靴までの距離はほとんどない。深く泥に食い込んだ長靴のふちに手をかけ引き上げると、気持ちよい音とともに長靴は戻ってくる。多少のつりを顔にまで飛ばして。
おそるおそる新しい行動規範を足に馴染ませながら泥の中を歩き回る。つっかえ棒になっていた今までの規範を取り去ると、この世界が実はかなり快適であることに気づく。
足の指は大きく開いて泥をつかみ、身体の動きをちゃんと制御してくれている。
さんざんにその感覚を楽しんで、はっと気がついて顔を上げると慣れた人は変わらず笑みを含んでみている。
その人はすべてわかっているのだと感じ、新しい経験を楽しみながら、私はどこか気恥ずかしい。
05.09.07