微量毒素

Water おはなし
せせらぎ
李・青山華


耳元で、涼しい音がする。
これは、川のせせらぎだ。


深い深い森の中で、人が踏むこともないその川底をくすぐりながら、
楽しげに流れる水たちの歓声だ。
こぽこぽと浮き沈み、川の縁に生えている草の葉先を揺らし、
石に巻きつき、ほどけながら上げる、さやかな声。
嫌なことや悲しいこともたくさんあったはずなのに、
せせらぎを聞いているうちに頑なに絡み合った心もほぐれていく。


私はいつ、せせらぎの聞こえるようなところに来たのだろう。
いつからこのせせらぎは聞こえているのだろう。
記憶を追うが、記憶は追われることを拒否している。
仕方なく、明けたくない目を開けた。


そこはあまりにも見慣れすぎていて、
かえってよそよそしく見える自分の部屋だ。
安っぽい木目模様のプリント板が張られた天井が見える。
では、このせせらぎはどこから? 

この近くにある川は、腐って死んでいる、
雨がなければ流れることもない、どぶ川しかない。


身体を起こすと、自分がそこに一人ではないことを知る。
そしてせせらぎは、そこにいる者から聞こえてくる。
高く、また低く、流れるように、またせき止められて。
そして、私はすべてを思い出した。


Water おはなし
微量毒素