微量毒素

赤の魔歌 〜ハチのムサシ〜 p.8

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1 爆弾娘、突入
2 ムサシ、コウガと会話する

★ 爆弾娘、突入

「やっと。やっとお兄ちゃんに会える...」

 クリスは入り口のそばに、人が倒れているのを見つけた。

「お、おい、エミ。何か人が倒れてるんだけど...」

「お兄ちゃんはどこにいるのかな。誰か訊ける人がいればいいんだけど。」

「エミ、変だよ。なんか、剣呑だよ。ほら、そこに人が倒れてるって。」

「五月蝿いわね。倒れてる人には訊けないでしょ。しょうがない。勝手に入るか。」

「おい、エミ。なんかの間違いだよ。一度戻って、確認してこようよ。」

「お兄ちゃんはいるわ。行きましょう。」

 エミはずかずかと入って行った。クリスは慌てて後を追う。二人の姿は、建物の中に消えて行った。



★ ムサシ、コウガと会話する

 ムサシはイガを呑み込んで、閉ざされてしまったの入ったドアをばんばんと叩くが、開かない。そして、ムサシは途轍もない重圧を背中に感じた。動くこと自体が危険を孕むが、あえてゆっくりと振り向いた。碁盤のような男が立っている。コウガだ。コウガが、かつて見せたことのないような圧迫感を漂わせ、ムサシの前に立っているのだ。コウガは穏やかにムサシに語りかけた。

「ちょっと聞きたいんだが。君は我々の仲間の女の子を傷つけた覚えがあるかね?」

「その娘かどうかはわからないけど、覚えがないこともない。もしあんたがそうだっていうんなら、たぶん俺がやったんだろう。そんなつもりはなかったんだが、彼女は後ろから、かばいようがないような攻撃をしてきたんだ。助けようと思ったが、手が届かなかったよ。彼女は?大丈夫なのか?」

「彼女はわたしの知人でね。そう、彼女は生きている。今のところ、絶対安静で意識は戻っていないが」

「生きてる。そうか、少しだけ楽になった。それじゃ、教えてもらえるかな。どうすればここから出て行けるんだろう。彼女をお見舞いに行きたいんだ。それと、友達がこの部屋の中にいるんだけど、何か出てこられないみたいなんだ。差し支えなければ、彼も一緒に連れて行きたいんだけど」

 コウガは慎重に言葉を選びながら、ゆっくりと答えた。

「ここからの出方には、何通りかがある。そのうちで、物体として出て行くやり方もあるが、それは望ましくないだろう?」

「ぜんぜん、望ましくないな。できれば、大手を振って自由に出て行きたいんだけど」

「その選択肢はない。後は大きく言って二通りしかない。私の管理下に入って、多少の自由を拘束された形で出て行くか、私の管理下に入らず、意識をなくした形で運び出されるかだ」

「どちらもいやだな。仕方ない、自分で出口を探すよ」

 動きかけたムサシに、コウガはピョウ(投げ矢)を投げた。ムサシは持っていた刀で弾く。

「あいにく、君にあまり選択肢はない。この道を選んでもらうしかないようだ。」

「まいったね…仕方ないのかな。おれが十分に強けりゃいいんだけど」

「試してみたまえ」

 ムサシはコウガに正対した。コウガは、特に構えることもなく、そのまま立っている。ムサシは心の中で首を捻った(こいつ、どう攻撃してくるつもりだ?まったく読めん)。ムサシは左に歩き始めた。コウガはムサシの動きに合わせて、身体の向きを変えてくる。ムサシは歩きながら言った。

「あの娘も、おれが十分強けりゃ助けられてたんだ。まだまだだめかもね…」

「だめだと思うなら、私の言うとおりにしなさい。悪いようにはしないつもりだ」

「悪いけど、そちらを信用できないんで、言うとおりにはできない。ここで止まって、消えてしまうわけには行かないんだ。こっちも、追っかけてるものがあるんで」

「残念だな。我々などより、よほどまともそうに見えるんだが」

「そう思うのなら、見逃してくれないかな」

「そうはいかん。我々の考え方、というものがある。それに、知人の件もあるんでな」

 ムサシはイガの入った扉が見える位置で止まった。これで、コウガはその扉を背にすることになる。多少は気になると思うのだが、相手の男は、まったく気にかけている様子はない。びっくりするほど安定した精神だ。ムサシは舌打ちをした。

「しゃーない。ぶつかってみるか」

 ムサシの言葉を聞いているはずなのに、コウガはまったく動じない。先に仕掛けることを、先(せん)を取る、と言う。通常であれば、先を取るのが、相手をしのぐための一番の仕掛けである。先の先を取ると言う言葉がある。これは、相手に先を取らせたように見せて、それを読み切って裏をとる仕掛けである。コウガは間違いなく、先の先をとるつもりだ。ムサシは、それを承知の上で先をとらなければならない。

「相手がまったく見えてない。分が悪いな」

 ムサシは呟き、腰に刺した2本のうち、1本の刀を抜いた。そして、左肩を前に、腰を沈め、右ひじは上げて、左手を添え、逆刃にした刀の尖端をコウガに向けた。

「ほう」

 コウガは感心したように呟いた。汐合いがどこで極まるか。ムサシはそのままの姿勢で動かない。空間の緊張が異常に高まっていく。ムサシは突然踏み込み、突きをくれた。剣先まで含めて、6メートルの間を一気に縮め、ムサシはコウガのいた場所にいる。コウガは位置を変え、ムサシの後ろにいる。

「速いな...」

 ムサシが呟くと、コウガがにやっと笑って言った。

「それはお互い様だ。貫くのを躊躇(ためら)ってなんかいると、君に勝ち目はない。今のが何分の力か知らないが、恐るべき腕だ。我々がここに来なければならなかった理由がわかったよ」

「今ので100%ですよ。いや、世の中には化けもんがいるもんだ」

 ムサシは言い放つや、剣を払った。飛んできたナイフがばらばらと落ちる。コウガは今度こそ構えている。足が左右とも浮いているように見える、独特の構えだ。むしろ面白そうにコウガは言った。

「本当に、化けもんはいるもんだ。1個くらいはすり抜けるように投げたつもりなんだが」

「全部すり抜けるように投げないと、俺を静かにはさせられませんよ。でも、それを待つつもりもない。行きます」

 ムサシはすり足で間合いを詰める。刀は右に傾がせている。振るとも見えぬスピードで弧をかいて振り下ろされる刀を、コウガは身体を少し傾け、捻(ひね)ってよける。コウガは、続いて来た左横からの剣をよける動きを見つけられず、右手を上げて受け止めた。

「これを使うことになるとはな」

 コウガは鉤爪のついた手甲で受け止めたのだ。それにしても、ムサシの剣圧は凄まじい。受けているのに、ぐいぐいと押されてくるのだ。

「俺が押される...?」

 コウガは信じられないという顔をした。ムサシはにやりと笑い、左手を柄から外した。しかし、剣圧はまったく変わらないように感じられる。外した左手でもう一本の刀を抜き、抜き打ちにコウガの銅を薙いだ。コウガは思い切り後ろに跳び退(すさ)った。油断はしない。ムサシは、先ほど、6メートルの距離を一気に詰める踏み込みを見せている。安全な距離がどれほどかは、コウガもまだ測りきれていない。

 しかし、ムサシは飛び込んでは来ない。両刀をだらりと下ろし、左右からはさみこむような構えをとっている。

「そちらの隠し武器が、まだどれほどあるかわからない。迂闊(うかつ)には飛び込めませんね」

「くそ、読まれていたか」

 コウガは苦笑する。そして、背中に隠してあるクナイを抜き取り、両手から投げた。片手で2本ずつ、都合4本がムサシを襲う。2刀を撥ね上げ、4本を弾き飛ばしたムサシが、驚愕の声をあげた。

「おっと」

 さらに4本が飛んできていたのだ。刀を交叉させて、2本は落としたが、2本がかいくぐり、一本をよけた崩れで、もう一本をよけきれなかった。右足を切り裂いて、クナイは飛び過ぎていった。傷を無視して上げているムサシの目に、さらなる4本が映る。今度は予測していたので、3本を落とし、1本をよけた。そして、さらに4本。

「いったい、何本出てくるのかな」

 クナイを跳ね飛ばし、ムサシは驚嘆した。幸いなことに、クナイの攻撃はいったん終了した。もちろん、ムサシは安心なぞしていない。コウガが恐るべき敵だということが、よくわかったからだ。次はどちらから仕掛けることになるか。イガも同様な敵と戦っているだろうことを思って、ムサシは身震いを抑えられない。

「あいつを傷つけさせるわけにゃ、いかないからな」

 ムサシは呟き、左剣を前に、右剣を上段に構え、ムサシは突っ込んだ。コウガは十分な余裕を持って、ムサシの殺到を待った。


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