黄の魔歌 〜ユニコーンの角〜 p.6
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キスゲは中学校入学後も、他人と距離をおくやり方を続けていた。しかし、中学校は小学校と違い、取り込まなければいけない知識が飛躍的に多い。授業を聞いているだけでは、ついていくことすら難しい。いきおい、塾に通う者が多くなってきた。塾に通うと、仮面をかぶらなければならない時間がさらに増えてしまう。キスゲは塾には行かなかった。しかし、友人と付き合うこともない分、時間はふんだんにあったし、ものを学ぶことは好きだったので、その日に学んだことを、もう一度確認したり、関係する本を図書館で読んだりしていたので、知識の吸収には何の問題もなかった。かえって、塾で得るものより、生きた、幅の広い知識を身に付けることができた。 小さいころから、一人でいろいろなことを考えるくせがあり、頭を使うことに慣れていたキスゲにとって、頭を使うために使える知識が増えることは、喜びだった。ある時点まで、推測しかできなかったことが、どんどん裏付けとなる知識で補強されて、藁の小屋が、レンガの家に変わってゆく。キスゲの中には、どんどんレンガの家が増えていった。 その知識の量と質は、おそらく、既に一般の大人がもっているものさえ、凌駕していたであろう。しかも、知識を知識として詰め込んでいる訳ではなく、ある推論を作り、それを検証、再構成するような形で知識を利用していたので、知識は活用されやすい形で、キスゲの頭の中に格納されていた。推論エンジンは、使用される毎に磨きがかかり、知識データベースは活用されやすいように、多くのキーワードで瞬時に呼び出せるようになってゆく。一日経てば、一日経っただけ、キスゲの能力は向上していった。 もちろん、キスゲ自身はそんなことを意識してはいない。また、知識を放り込んで、それがどれだけ零れ落ちなかったかを評価するだけの、現在の教育システムでは、その能力を感知できるはずもなかった。キスゲは蓄えた知識のおかげで、成績はよかった。学年でもトップクラスだったが、興味のない分野の知識を、無理やり詰め込みたいという気持ちもなかったので、相応のところをキープしているにとどまっていた。 幼稚園や小学校の時に、自分が正しいと思えることを振りかざしても、それが通るとは限らないことを、思い知らされていたキスゲは、やはり、表に出ることなく、蔭の存在でいることを望んでいた。そのことが、キスゲにいつも一歩引いているように強いており、やはりキスゲは他人から見ると、付き合いにくい人間だった。 それでも、キスゲの整った顔立ちや、身にまとった近寄り難い雰囲気に惹かれて、接近しようとする異性もいたが、もちろん、キスゲにそんな余裕はなかった。それでも、断れば相手が傷ついているのはわかったし、そのことでキスゲ自身も傷ついた。他人を傷つけるのは、自分でどんな大変なことをするよりもつらいということがわかったので、キスゲはキスゲなりに人間関係のシミュレーションを何回も、何十回も、何百回も繰り返してみたが、出る結論はいつも同じだった。今、自分の味方になってくれても、いつ敵になるか分からない。好意は強ければ強いほど憎しみに変わりやすい。キスゲは、自分がそんな感情に耐える力はないことに、自信を持っていた。 キスゲは異性が自分に関心を持たないように、髪はいつもまとめ、服も地味なものを選ぶようにしていた。しかし、13歳で、子供から大人になりかかっている少女にとって、これはかなりつらいことだった。キスゲ自身も、もっとすてきな恰好をしたかったのである。キスゲの中学校では、全員に部活動をすることが義務付けられていた。両親の勧めもあり、キスゲは社交ダンス部を選んだ。ダンスの時に着る衣装を着てみたかったのである。部活動なら、多少派手な恰好をしても、自分に言い訳ができると、無意識に考えたのかもしれない。 部活動は楽しかった。身体を動かすことも楽しかったし、今まで使ったことのない筋肉が、使われて悲鳴をあげるのをきくのも楽しかった。男子生徒はほとんどおらず、女子だけだったので、変な気兼ねをせず、のびのびとダンスに打ち込むことができた。普段の練習の時は、体操着で、動きがよく見えるように、ジャージは禁止だった。しかし、衣装の感覚をつかめるように、月に一回、ダンス衣装をつけての練習があった。キスゲがダンス衣装を着けると、人形のように端正に見え、部員たちを唸らせた。それでも、やっかみからのいじめなどに合わなかったのは、キスゲが素直で、頭の回転が早く、みんなを立てるのがうまかったからであろう。部活動は、キスゲにとって本当に楽しい時間だった。部活動以外の時は、いつもの静かで地味な態度で、目立たないようにしていた。 一年生の間は特に問題もなく、キスゲはうまく過ごせていると感じていた。特定の友人もないかわりに、誰かに嫌われたり、憎まれたりすることもなかった。部活動の顧問の教師や、担任教師は、キスゲが隠している才能を感じ、いろいろキスゲに言ってきてくれたが、キスゲは今のままで十分だった。助言してくれた人たちは、キスゲの才能を惜しみながらも、本人の意思を尊重して、静かに見守ることにした。 2年生になって、クラス替えがあった。今度のクラスでは、勉強も学年トップクラスで、テニス部でも、今後の活躍が期待されている、エツ子という少女と一緒になった。このことが、良くも悪くも、キスゲのこれからの人生を、大きく変えることになった。 |