微量毒素

黄の魔歌 〜ユニコーンの角〜 p.9


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 え?という顔をしたキスゲに、諦めきったようにエツコは言い聞かせるように言った。

「あなたさ、私は世界一、地味ーな少女です、って顔をして、目立たないように、見つけられないように、って、まるでゴキブリかひらめみたいにしてるじゃない。だけどね、世の中には、ゴキブリ・ハンターとか、ひらめ・ハンターとして、生きている人もいるわけよ。」

「...いるの?」

「...いるわよ......たぶん。だから、あなたをハントする人間がいても、別におかしくないでしょ?」

「いや、かなりおかしい気もしますが。」

「おかしくないの。とにかく、あなたは、いつも周囲から一歩引いて、目立たないようにしながら、自分だけの空間を作り出しているでしょ。私には、それが見えるのよ。私はね、そんなあなたの精神生活に、ふと興味を引かれたのよ。」

「なにか、言いにくいけど、迷惑な気もするんですが...」

「言いにくいっていう割りに、ものすごい直接攻撃ね。あなた、友達いないでしょ。」

 キスゲはずいぶん痛い顔をしてしまったらしい。エツコが今までになく、真剣な顔でキスゲを気づかってきたから、わかったのだが。
「ごめん。無神経だった?あなたには負けると思ったんだけど...だいじょうぶ?」

「ぜんぜん、大丈夫。まったく気にしてないから。」

「あなた、無理がありすぎるわよ、真っ青だもの。ごめん、ほんとに。どうしたらいい?裸踊りでもしたら許してくれる。」

「...裸踊り、してみて。」

「...あなた、本気で言ってるわね、それ。」

「...はい。」

 しばらく二人は静止し、やがてエツコは、慌てて身を起こし、咳払いをして言った。

「ま、それはそれとして、そゆこと。キスゲさん、あなたとお話してみたかったのよ。あなた、いつも本を読んでいるのね。」

「ええ...」

「どんな本を読んでるの?あたしはホラーとか、ファンタジーがメインだけど。純文学系、よね。どんなもん?」

「そうね...ホラーが好きなら、純文学は合うと思うけど。」

「そういうもんなの?」

「純文学ってよくわからない分類だけど、人の内面をうまく表現すると純文学になるの。だから...」

「えげつなくて、いやらしい内面がうまく表現されれば、ホラー系になるっていうことね。」

「うまく表現されるほど、気持ち悪いような気がするけどね...なんだか変態っぽいのも多いし。」

「は、はーん。謎は解けたわ。あなた、いつもお嬢様顔して読書してると思ってたら、単にスケベ小説を読みふける変態少女だったのね。」

「何よ、それ!...でも、映像化されると、どれもとんでもないものになるのよね...たとえばさ、」

 二人の少女は全く違う世界の住人であったが、お互いが実は意外に近い感性を持っていることに気づいた。社会から切り離されたモラトリアムの世界の中であっても、相見あう魂を見いだすことは、実は意外に困難なのである。

 二人は話し続ける。いくつもの柔らかなとばりが二人の上に舞い落ちる。学校に付き物の絶えることのない雑音が遠のき、小さな共有世界を形作る。それは、ひとつの神話世界の構築にも似た神聖な作業である。二人は話を紡ぐ。幾重にも、幾重にも重ねて。またゆらめき、広がり。また重ねて。学校という小宇宙の中で、その大きさに収まりきらないかもしれない個の宇宙を、二人は紡ぎ始めていた。


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