微量毒素

黄の魔歌 〜ユニコーンの角〜 p.11


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 次の日、授業が終わってからエツ子とキスゲは連れ立ってケーキ屋に行った。

「何でケーキ屋なの?」

「だって、おたくに押し掛けるのに手ぶらっていうわけにはいかないでしょ。」

「え?私、エツ子のうちに行くとき何も持っていかなかったわ。」

「何、変な気を使ってんのよ。あれは私が無理やり引っ張って行ったんだからいいの。こんどは私が押し掛けるわけでしょ。あの時とは事情が違うのよ。わかった?あんた、本をいっぱい読んでるのに応用力がないわね。そういう頭の使い方も覚えなさいよ。」

「ごめん...」

「あやまるこたないわよ。私は「わたしルール」で動いているだけなんだから。人間はね、みんな自分なりのルールを作って生きてんのよ。あなたも早くキスゲルールを作りなさい。でないと、悪い友達に引っ張りまわされてがたがたになっちゃうわよ。」

 目を見張るキスゲにウィンクを送り、エツ子は重要な選択の仕事に戻った。
「無難なとこでいけばイチゴショートか...モンブランも捨てがたいし、上品にいくならムースとか...レアチーズもいいわよね...」

「ねえ、わたしモンブランがいい。」

「だあれがあなたの好みを聞いてんのよ。あなたのお母さんはどんなのが好きなの?」

「え...?お母さんの好み?」
 キスゲは考えてもいなかったことを不意に聞かれ、一瞬頭の中が空白になった。

「わたしがあなたに気を使う必要はないでしょ。お邪魔しに行くんだから、あなたのお母さんへの貢ぎ物を選んでいるんじゃない。ね、どんなのが好きなの?」

「え、あの...銀むつの西京味噌焼きとか、こないだはサンマをおいしいって言ってたし、お寿司もけっこう好きみたいだけど...」
 キスゲはエツ子がまじまじと自分を見つめているのに気づき、口を閉じた。キスゲはあきれたように自分を見つめるエツ子の視線が、突き刺さるように感じた。我慢できなくなったキスゲが、このまま店を出て逃げようとまで思ったとき、エツ子が言った。

「...感心するわ...」

「え?」

「どうしたらそこまでボケ倒せるの。まじ?それともウケ狙い?...の訳ないわね。あなたってやっぱり、根っからの天然ボケ少女だったのね。」

「...え?...」

「そりゃさ、あたしだって銀むつも好きだし、さんまもまぐろもシシャモも好きよ。でもね、そういうケーキを用意するとなったら、おそらく日本中、いや、世界中のケーキ屋を回って探す羽目になるし、そもそも見つからないんじゃないかと思うのよ。常識的にはさ。」

「でも、うにの味やマグロの味のアイスがあるって、テレビで観たことがあるけど...」

「おだまり。そういう問題じゃなくって。わたしは、これからすぐに、あなたのうちにいきたいの。それでお持ちするものは、ここにあるケーキで済ませたいわけよ。わかりなさいよ、これぐらいのことは。」

「ごめん...」キスゲは恥ずかしさで全身赤くなり、このままどこかに消えてしまいたくなった。

「こら。消えてしまいたい気持ちなのはわかったから、早く教えなさい。ここにあるケーキの中で考えた場合、あなたのお母さんがいちばん好みそうなものはどれ?だいたいでいいんだから。」

「そうね...」

 二人は恋人がするように、肩を寄せ合ってケーキを選んだ。やがて、二人は軽やかな笑い声とともに、ケーキ・ショップのドアを出て行った。ケーキ・ショップの店員は、二人の行方を眼で追い、やがて、つん、と鼻を上に向け、次にくるであろう客を待つ体制に入った。平日の午後3時過ぎ、空気は暖かく、眠気を誘うような柔らかさで流れ、ケーキ・ショップの外では、黒白の猫が思い切り伸びをし、体を丸めるように座り込み、陽だまりの中でまどろむ体勢に入った。世界は平和の中にあり、少女たちの上に、差す影はないように思われた。


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