黄の魔歌 〜打つも果てるも〜 p.2
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次の日、何かに追い立てられるような気分で、ユカルは屋上に向かった。屋上につき、野原を見ると、思ったとおり、コジローがいた。コジローは、小川の縁に生い茂った草を、刈り取っていた。一人でぜんぶ、やるつもりかしら。しばらく見ていると、ところどころに草を残しながら、どんどん刈り取っている。やっぱり、ぜんぶ一人でやるつもりなんだ。ユカルは何も考えず、踵を返した。 へやで、ユカルは服装を整えた。ジーパンに、長袖のブラウス。白い、幅広の帽子をかぶり、サングラスをかけた。腰にペットボトルホルダーを付け、皮の薄い手袋を持ち、少し考えてから、頷いて出ていった。途中、コウガとすれ違った。 「おや、どこのガーデニング好きの若奥様かと思ったら、ユカルさんか。今日は別荘のお手入れにでも行かれるんですか?」 「勤労奉仕ですのよ、おほほほほ。社会に貢献するのも、けっこう大変ですわ。」 ユカルは言い捨てて、さっさと歩いて行った。コウガは少し首をかしげて、ユカルを見送った。 「また、何か変なことを考えてるんじゃないだろうな。」 |
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ユカルは、コジローの作業している野原の脇を通りすぎ、十字路のところに立っている、荒物屋に入った。 「ごめんください。鎌をくださいな。」 返事があり、奥から老婆が現れた。 「鎌だね。」 「はい。」 「何に使うんだね。」 ユカルは少し考えて言った。 「ススキとか、草のけっこう伸びたやつを刈るんです。」 「それなら、これだね。」 老婆は、刃が大きく、ゆるやかに湾曲した鎌を差し出した。 「1,250円。町まで行けば、もっと安く買えるよ。いいのかい。」 「町は遠いから。これでけっこうです。ありがとう。」 「軍手はあるのかい。」 ユカルは、手に持った皮の軍手を示した。 「抜け目がないねえ。それじゃ、おつりだよ。」 ユカルは礼を言って、店を出た。店先に、アイスキャンデーのボックスが置いてある。こんな季節に?少し不審に思ったが、歩いているうちに、忘れてしまった。ユカルは、ようやく、野原の脇にたどりついた。コジローの姿が見えない。 「?」 野原に踏み込むと、枯草が厚く重なっている地面は、弾力があって歩きにくい。小川のそばまで行くと、かりこみがけっこう進んでいる。小川に沿って歩いていくと、草を勢いよく刈る、バスッ、バスッという音が聞こえてきた。草の間から、コジローの背中がちらちらと見える。 「こんにちは。」 コジローは顔をあげ、ユカルを見た。 「あんた...ユカルさん?」 「ええ。屋上から、あなたが草を刈っているのが見えたの。お手伝いしようと思って。」 「お手伝いと言っても、これは俺が勝手にやっているだけだぜ。見つかったら、怒られるかもしれない。」 「子供たちのためなんでしょ。怒られるくらい、いいわ。」 コジローは、一瞬目を大きく開き、言った。 「さんきゅ。それなら、よろしく。ああ、それから、残してある草は刈らないでくれ。」 「大丈夫。水辺の生き物のために、残してあるんでしょ。わかってるわ。」 コジローの目が薄くなった。笑ったのである。 「上等。じゃ、おまかせしますよ。とりあえず、深くなっているのはここと、あそこだけだから、ここをやる。後は、暗渠が何ヶ所かあるから、その周辺は刈る。」 「了解。じゃ、私はあっちからやってくるわね。」 ユカルは鎌を下げ、草をわしわし踏み分けながら、歩いていった。やがて、ざくん、ざくんという音が響き始めた。コジローは作業を続けていたが、その音を聞き、にやりと笑った。 「やっぱり、ナイフの達人は違うな。俺より、音が全然いい。」 午前中いっぱいで、淵になっている部分の刈り取りは終わった。 |