黄の魔歌 〜打つも果てるも〜 p.8
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「それで、私はどうしたらいいの。」 「別に。世間話をしてもらえばいい。」 「せけんばなし?」 ばかな。私が、いちばん苦手な分野じゃない。ユカルの顔には絶望的な表情が広がった。 「そんな、無理よ。私、世間話なんてできないわ。ぜったい出来ないわよ。ね、せめて世間話のやり方を勉強させて。それから来ることにしましょうよ。」 「世間話を勉強して出来るようになる者はいない。じゃあ、入るぞ。」 「え?あ、ちょっと私、たった今、親戚のおばさんの訃報が入ったんで、ちょっと出かけないと...」 プラタナスは、ドアをノックした。キスゲの物憂げな返事が返ってきた。 「こんにちは。入っていいかな。」 「プラタナス?なにか面白いことでもあったの?」 キスゲは弾んだ声でドアを開けた。プラタナスの背後に、ユカルの姿を見て、キスゲの顔からすっと表情が消えた。ユカルは、キスゲに目を合わせられず、床の上の、小さな綿埃の数を数えていた。 「何か?」 キスゲの言葉が、冷たく尖っている。ユカルは身を縮めた。 「同じチームでもあることだし、少し話でもしてみないか。」 「わたしには話すことなんか、何もありません。何か、重要な要件ですか?」 「いや、少しはチーム内での親睦を図る必要があるかと思ってね。ユカルさんも乗り気になってくれたので、それなら、ぜひということで。」 「親睦なんて図る必要はありません。わたし、親睦しようなんて思っていませんから。」 「もっともだ。」 ユカルは呟いた。それをプラタナスが聞きとがめ、ユカルを軽く睨んだ。 「いやいや、ちょっと訊きたいこともあるし、少し中に入れてくれないかな。ここで立ち話もなんだし。」 「中にも椅子なんてありませんよ。」 「いや、座れなくてもいいんだけどね。ここで話してると、いろいろな人に見られて、変な噂が立つかもしれないよ。私とあなたの間で噂が立つと、あまり、気分がよくないだろ。」 キスゲは、少し考えていた。それから、ちらとプラタナスの方に目をやった。プラタナスは頷いた。キスゲは氷のような目を、ユカルに向けて言った。 「わかりました。どうぞ、お入りください。」 |
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「訊きたいことって、なんですか。」 「うん、ちょっと訊きにくいことなんだけどね...」 ユカルは間がもてず、キスゲの執務室を見回した。事務屋さんの部屋は、みんなプラタナスの部屋のように殺風景なのかと思っていたが、まったく違う。居心地のいい部屋になっている。ところどころに怪しげなものもあるが... 「あれ、もんたろうくんだ。」 見たことのある人形を見て、ユカルはつい、口に出してしまう。キスゲがこちらを向くのがわかる。表情まではわからない。怖くて見られない。 「けっこう、居心地のいい部屋ね。」 「それはどうも。お聞きになりたいことって、なんでしょうか。」 ユカルは泣きたくなった。もう少し、話を膨らませてくれたっていいじゃない。私は世間話がしたいのに。そこで、ユカルは思い当たった。自分がイベントの受付嬢をやったとき、いちばん苦痛だったのは、世間話だった。したくもない世間話を、したくもない相手としなければならない苦痛を、私は覚えている。キスゲの今の立場は、あの時のユカルに似ていないだろうか。 「ごめんね、急に押しかけて。」 「なんです、急に。」 「いや、迷惑だったろうなと思ってさ。ほんと、ごめん。」 「ほんと、迷惑です。でも、入っていただいたんだから、もういいです。」 言葉はきついが、口調は少し和らいだようだ。ユカルは、話をぶつけてみることにした。 「あのさ...」 言いかけたユカルの言葉を押し切るように、キスゲが割り込んだ。 「わかってます。嫌がらせのことでしょう?」 「え?いや、そうじゃないんだけど。」 「確かに、私もずいぶんユカルさんに嫌がらせっぽい仕事を押し付けたかな、と思ってます。最初に注意されたことを根に持ってます。でも、調査自体は必要なんです。滅茶苦茶な嫌がらせじゃありません。」 「いや、だからそれはさ。」 「そうです。特に、ユカルさんが嫌がりそうな仕事を選んで、ユカルさんに割り当てました。その通りです。それは、確かに悪かったと認めます。でも、どの調査もほんとうに必要だったんですから。それは、嘘じゃありません。」 「ええい、お黙り。」 ユカルは一喝した。これでは話が進まない。 |