微量毒素

黒の魔歌 〜序・破・急〜 p.7


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1 いなくなったアザミ
2 参の太刀


★ いなくなったアザミ

 この町に来て、すでに3週間が過ぎた。コジローもだいぶ仕事に慣れてきたし、中には贔屓にしてくれるお客さんも出てきた。

「どうせ、ジリさんのことだから、端金で働かされてるんだろ。仕事がきついんだから、何かうまいもんでも食え」

「いえ、そんな事をされては…」

 小夜子さんが耳聡く聞きつけて、話に割り込んだ。

「いいから、もらっときなさいよォ。あんたが真面目にやってるのを見てて、認めてくれるンだからさァ」

「でも…」

「あンた、真面目すぎィ!あたしなら追加をおねだりしちゃうわよォ」

「いえ、そうじゃなくて、もらったら安くこき使われてるって認めちゃうことになりそうで…」

「あははは」

「その通りなんだろうが。なあ、おやじ」

「事実なんだからいいだろう。もらっておけ。いちいちそんなことをこっちに聞くな」

 ヌマジリはにこりともせずに応える。

「すいません」

「煙草を吸わねえだけでもやりにくいってのに、これ以上何をすわないんだよ。いいから、ビール出して来い」

「はい!」

 倉庫に行くコジローの背を見て、客が言った。

「あそこまで真面目なのも珍しいよな。全然くだけてかねえ」

「まア、そこが可愛いんだけどねン。あの子、これから苦労しそうだねェ」

「もう、今苦労してんじゃねえか」

「あっは、本当だねェ。違いないわン」

 そう言いながらも、小夜子は眉を顰めていた。もっとも、それに気づくのはヌマジリくらいだったが。

「ビール持って来ました」

 コジローは冷蔵庫にビールを入れ始める。

「つまみも見とけ」

「豆がなかったんで、足しときました。突き出しはどうします?」

「きょうはこれだけありゃいいだろ。後は…」

「とりあえず空いてるなら、在庫を見ときます」

「よし」

 コジローは倉庫に消えた。小夜子はカウンターの外側に優雅にもたれかかり、夫に囁く。

「どう?あの子」

「覚えも早い。回転もいい。何でまともに働かない?」

「私の見たところ、あの子、両親がいないわン。あの性格だから、家出とかじゃないしィ。たぶン、死別。それに、何かを捜してるみたいねン。だから、職につきたくてもつけないンじゃない?ずっとひとところにいられないからァ」

「何かをねえ……」

「ねえン。お給料上げたいんだけどォ、いいかしらン?」

「大蔵省はおまえだ。好きにすればいい」

「アザミちゃんも雇えないかねェ」

「ここでか?中には危ない客もいる。やめといたほうがいい」

「でも、道端でお人形売ってんのよォ。あれも危なっかしいわァ」

「ああ、けっこう評判がいいらしいな」

「何で知ってンのよォ」

「俺も見かけたんで、あの店の主人に訊いた」

「もう。手が早いンだからァ」

「したら、あのオヤジさん、アザミに惚れ込んでたぜ」

「あそこ、奥さんが出てってんだよねェ。子供連れてさァ」

「大丈夫だろ。あのオヤジは偏屈だが、腕は確かだし、心もしっかりしている。もうちっと素直になればな……」

「そうなンだァ…」

「頼みに行くまでもなかった」

 小夜子はカウンターにもたれて、遠くを見るような顔をした。

「ねえ、あんたァ。事情はいろいろあるかもしンないけど、あの子たちは保護する人間が必要だよねェ」

「おまえ、また何かとんでもないことを考えてるな」

「そうねン。あなたと一緒になったときと同じにン」

 客たちは、突然キスを始めた経営者夫妻にやんやの喝采を送った。もっとも、ジリさんの方は必死で逃げようとしているようだったが。何事かと、倉庫からコジローも顔を出し、赤くなってまた引っ込んだ。


 コジローはご祝儀をもらい、少し暖かい気分でアザミを迎えに向かった。夜の町のネオンは美しく、少し寂しく夜の闇を照らしている。もちろん、ネオンの光では、闇を開くことはできない。ただ、闇を彩るだけだ。

 コジローは、いつもの店のところまで来た。外にアザミはいない。声をかけて、店の中に入ると、店主もおろおろしていた。

「おお、にいちゃん、あの子がどこにいるか知ってるか」

「いいえ。何かあったんですか?」

「ほんとに、ちょっとの間にいなくなっちまったんだ。ついさっきまで、そこにいたのに」

 人形も荷物も置いたままである。アザミの性格から言って、ふらふらと出歩いているとは思えない。少なくとも、用事ができれば、店主に声をかけていくはずだ。コジローは頭の後ろがちりちりするような感じを味わった。

「なにか騒ぎとかはありませんでしたか?」

「いや、ない」

 コジローは手で自分の額を掴んだ。これは良くない。すごく良くないことのような気がする。そのとき、ガラガラと戸を開けて常連の一人が入ってきた。

「よお、親父。今、アザミちゃんを見かけたぞ」

「何だと!」
「どこで?」

 店主とコジローの二人に詰め寄られ、客は鼻白んだ。

「おいおい、どうしたんだよ。この右の横道の先で、でかい車に乗ってたぜ。自分から乗ってたから、知り合いじゃないのかな」

 コジローは、店を走り出た。右!店主も転びそうになりながら、走り出てきた。

「おい、ちゃんとあの子を見つけろよ。頼むぞ」

「もちろん!」

 コジローは頷き、走り出した。右の道に入り、走る。道の真ん中に、ダークスーツを着た人影が立っている。片手を上げて、コジローを止めるような仕草をした。コジローが止まると、男は何かを差し出した。

「お手紙を、預かっております」

 男は抑揚のない声で言い、コジローに手紙を手渡した。封はしていない。コジローは手紙を取り出し、顔を上げた。男の姿は既にない。闇に溶け込んでしまったようだ。不審げに眉をひそめ、コジローは手紙に目を落とした。コジローは、読み終わるなり、手紙を二つに引き裂いた。そのまま、地面に投げつける。コジローは肩を怒らし、夜の闇を睨みつける。そして向きを変え、倉庫に、コジローとアザミの家に向かって走り出した。

「だめだ」

 走りながら、コジローは呟いた。

「俺は、だめだ...」

 コジローの走り去った路地の闇の中から、手紙を渡したダークスーツの男が再び現れた。男はコジローの投げ捨てた手紙と封筒を拾い上げた。

「あなたがここに居た証拠が残ると困っちゃうんでね」

 そして、しばらくそれを眺めて、くっくっくと笑い始めた。帽子をとったその顔は女。モリは呟いた。

「この街からは、後を濁さず、消えて欲しいの。急いでね。待っているから。あなたの行くべき場所に。あなたの生きるべき道に」

 モリの甲高い笑い声が、闇の中に響き渡った。


 コジローは、万一という望みをかけて、倉庫のドアを引いた。鍵がかかっている。コジローは鍵を開けた。電気をつけたが、アザミの姿はない。コジローは梯子を駆け上り、荷物を開いた。五寸釘で作った手裏剣を収納している入れ物を、左右の腕に巻きつける。そして、荷物の一番下から黒光りのする2本の棒を取り出し、腰の後ろにさした。鎖でつながっているらしく、ジャラジャラと音がする。

(そして俺は戻るしかない。妹を失った時と同じ。自分を失った時と同じ。マヤさんを失った時と同じ、あの道へ...)

 コジローは振り向いた。窓にはカーテンがかかり、綺麗に清められた床にはラグが敷いてある。壁も、手が届く範囲で、薄い青色のペンキが塗られている。アザミはこの倉庫の部屋をとても気に入り、一生懸命綺麗に、居心地良くしようとしていたのだ。それを見て、コジローの心臓はきりきりと痛んだ。

(あいつを取り戻すために。16の女の子に似合う、明るい太陽の下へ。俺には、似合わない...)

 屋の隅に、置き台がある。これも赤いペンキが塗られている。ここを作業台にして、アザミは人形を作っていたのだろう。コジローは、そちらに近づいた。二つの人形が置いてある。一つの人形は、身体が真鍮のパイプの切れ端を、糸でつなげられている。顔も真鍮のパイプで、粘土で手と足の先と、髪の毛が作られている。パイプに金鋸で薄く切れ目が入り、それが眼と口になっている。もう一つは、全身が毛糸の束で出来ている。関節のところで別の毛糸で縛られている。白い布地のスカートをはき、黒い毛糸の髪を、腰まで伸ばしている。

「俺と、アザミだ」

 コジローは歯軋りをするような声で呟いた。アザミの髪は短い。髪がこれだけ伸びるまで、一緒にいるつもりだったのだろう。コジローは、しばらく二体の人形を見下ろしていたが、振り向いて、梯子を降りた。外に出て扉を閉め、鍵をかける。

 コジローは行こうとして、一瞬振り返った。闇の中、その建物は、アザミがずっと思い続けていたものに見えた。コジローとアザミの、初めての家に。コジローは歩き出した。そして、コジローは、二度とここに戻ることはなかった。



★ 参の太刀

 月が出ている。満月ではないが、膨張した、歪な白い光。公園の樹木や遊具が光と影で彩られ、奇怪な形をさらけ出している。

「明るいな」

 アオは呟いた。明るさは影をより濃くし、襲撃する側に有利になる。相手がまだ経験の浅い若者であることから、アオは根拠のない楽観視を自分に許していた。

「まあ、相手は1人だ。何とかなるか」

 アザミは、アオの立っている近くの木に縛り付けられている。それほどきつく縛られているわけではないが、アザミの目は恐怖に満ちている。闇の中、風がさやぐ。さやさやと語りかけるが、聞く耳を持たないものには、何の意味もない。そのさやぎに紛れ、コジローの姿が闇を縫う。さやぎに、不協和音が混ざった。

「クバンダがやられた」

 じっと地面に座っていたカルラが呟いた。アオは驚いた。

「何?来ているのか?」

「あの男も空気を読めるようだ。俺より上かもしれない」

 クバンダは吹き矢で、離れたところから攻撃するのに長けている。戦況が微妙になった時に、援護してもらう腹だったのだが。カルラは音もなく立ち上がった。そのまま、左に移動する。アオは見ているしか出来ない。

「くそっ!」

 苛立つアオに、カルラは声をかけた。

「あんたには、あんたのやり方があるだろう。俺が炙り出す。仕留めるのはあんたにしか出来そうもない。この男は出来る」

 アオは呼吸を押さえ、目をつぶった。カルラが移動していく。風がさやいでいる。その先に−。アオはにやりと笑った。淀んでいる。敵の存在は、今、アオにも見えた。

「!」

 カルラの無言の気合が炸裂する。一瞬で3メートルを踏み込むカルラの短剣に切り裂かれるように、木下闇(このしたやみ)から闇が剥がれ落ち、立ち上がった。

「こんなに早く見つかっちまうとはな。情けないぜ」

 コジローは不敵に笑っていた。カルラは油断なく、短剣を身体の前で交叉させ、コジローに対している。コジローはまだ武器を持っていない。カルラは、左右の短剣を同時に、水平に薙いだ。ブンと風を切る音がする。コジローの腕を切り裂くかと見えた短剣は、コジローの前腕で受け止められていた。

「帷子じゃない、何だ?」

 飛び退ったカルラの目に、切り裂かれたところに銀の光が見えた。アオのところからだと、もう少し全体が見える。

「鉄の棒を巻いている?」

 コジローは両手を交叉させた。

「投げ針か!」

 アオは叫んだ。カルラも既に気付いているようだ。コジローは交叉した手を思い切り開いた。銀色の光がカルラに迫る。カルラはその2本を短剣で弾いた。

「2本?」

「行ったぞ」

 カルラの声がかかった時には、アオも気付いていた。アオはゆっくりと左に動いた。アオのいた空間を、2本の光が駆け抜けた。

「あの野郎...」

 コジローはすべてをカルラに向けるのでなく、後方にいるアオも狙ったのだ。これで、アオの腕も、多少は見切っただろう。ナイフ等と違い、投げ針は正面からだと距離感がつかめない。この夜にこの武器は、なかなか嫌らしい。しかし、アオは針にしては質感があったように感じた。現にカルラは弾く時に多少なりと圧されていた。針ではこうはいかないだろう。カルラの足元に落ちているものを見て、アオは納得した。

「五寸釘か」

 カルラは両手を寄せて、短剣を同時に突き刺す構えをとった。これなら、釘製の小手も防ぎ切れない。受けようとしても、存分に身体を切り裂くだろう。その構えを見て、コジローは腰に手を回した。カルラの気合いは極まったが、アオはカルラの危険を覚った。

「突っ込むな、カルラ!」

 最早、止めることは出来なかった。カルラの双剣は、コジローの胸に向かって3メートルの間合いを詰めた。その瞬間、コジローの腰から引き出されたものが宙を舞い、両手でぐるりと回され、カルラの剣ごと、腕を縛り上げた。アオは歯噛みした。

「カルラが剣を揃えてくるのを待っていたんだな」

 コジローはヌンチャクを回して、その鎖で剣を縛り上げたのだ。両手で絞り上げた鎖は、押しても引いても動かない。コジローはにやりと笑い、右手を離した。途端に縛は解け、カルラは体勢を崩した。そのカルラのこめかみに、ヌンチャクの下部をぶち当て、右にふらついたカルラを大きく振り回したヌンチャクで左に張り飛ばした。カルラは飛ばされ、転がって、そのまま立ち上がってこない。

「この、ガキ...」

 アオはカルラが倒されたのを見て衝撃を受けた。カルラの力は知っている。自分ほどではないが、出来れば敵に回したくない男の一人だ。クバンダにしてもそうだ。アオは目の前の敵が、侮り難い力を秘めていることを覚った。コジローはアオに向かって歩いてきた。アオが危惧するほど無造作に、すたすたと近づいてくる。アオの手前、3メートルを開けて、コジローは止まった。

「目的は、俺なんだな?」

 コジローは言った。アオは薄く笑った。

「じゃあ、あの子を帰せ。俺が来たんだから、もういいだろう」

「まあ、この茶番が済んだら帰してやるさ。もうしばらく、我慢していてもらおう」

「縄をほどけ」

「いや、下手に暴れられたりされると面倒なんでな。おまえを料理し終わってからだ」

「仕方ない。荒っぽいやり方で解放するしかないか...」

 コジローは一歩前に出た。アオは見るからに長い直刀を身体の前に捧げ持った。アオはコジローを揶揄するように言った。

「通称、物干し竿だ。コジロー、おまえを葬るのにふさわしい剣じゃないか、ええ?」


 アオは鯉口を切り、すらりと物干し竿を抜き放った。月光を受け、禍々しいまでに白く輝いている。アオは右手で剣を持ち、コジローに突きつけた。コジローは動かない。二人とも無造作に立っているようだが、一歩でも動いたら破綻する。二人とも、自分の汐合いを計っていた。アオの汐合いが先に満ちた。

 アオは右肩を突き出して、剣を左方に伸ばし、一歩踏み出しざま、いっそ無造作に見える動きで、剣を右に払った。剣先のスピードは凄まじい。

「速い...!」

 コジローはかろうじてかわした。アオは眉をぴくりと動かし、右方に剣を伸ばした残心の形のまま、左手を柄に伸ばし、逆手で握る。右手を離しざま、左上に撥ね上げた。コジローは一歩退いて避けたが、避ける速度が不十分であり、胸を軽く切り裂かれた。

「両手が利くのか?」

 コジローの驚きをよそに、アオはアオで衝撃を受けていた。

「ほお…」

 アオは残心から姿勢を戻した。

「弐の太刀で仕留められなかったのは初めてだ...実に」

 アオは今度は剣を持ち替えた。ゆっくりと握りを確かめる。

「危険だな、おまえは。危険すぎる。生かしておくのはな」

 コジローもヌンチャクの握りを少しずつずらしていく。

「間合いが見えて来ている。これなら、いける」

「試しだけのつもりだったが...」

 アオは剣を右上に差し伸べる。左肩が前に出ている。

「参の太刀だ。おまえは、殺す」

 気合もなく、長剣は振り下ろされた。右上から左下へ。

「見えた!」

コジローは左逆手に握ったヌンチャクを振った。うなりを上げてヌンチャクが回る。アオの太刀行きが、不思議な変化を見せる。振り下ろしながら、軸である右肩が前に出てくるのだ。通常、軸は動いてはいけない。その感覚が、コジローの間合いを誤らせた。

「剣が伸びる?」

 これがアオの参の太刀の秘密だ。コジローは戦慄したが、既に軌道修正は出来ない。

「間合いがっ!」

 コジローが思う間もなく、伸びた長剣がコジローの右目を深く切った。その時にはコジローのヌンチャクが、やはり間合いを越えて近づいているアオの眉間を襲った。当たりを加減するつもりが、完全に入った。アオはその衝撃で跳ね飛ばされた。


 コジローはがくりと膝をつき、顔の右側に触れた。顔の半分以上に渡り、切られている。しかも、かなり深い。まだ痛みは感じないが、かなりの深手だ。コジローはよろけながら、仰向けに倒れているアオのほうに近づいた。左眼に、アオの顔が映る。目を開け、口を開けたまま、天を向いている。

「いけない...」

 コジローは膝をつき、アオの顔に手をやった。呼吸をしていない。見回すと、くらっときた。血が流れすぎているらしい。

「いけない」

 コジローはゆっくりと立ち上がった。もう一度回りを見回す。少し離れた木の根元に、アザミが見えた。猿轡をされたまま、必死で何か言おうとしているが、聞こえない。視野が狭まり、妙に小さく見える。

「とにかく、アザミを助けなきゃな」

 コジローは一歩、2歩とアザミに近づいていった。足がふらつく。

「大丈夫か、アザミ。今、助けてやるから」

 そう言った途端、コジローは前にのめって転んだ。そのまま、動かない。アザミはコジローに駆け寄ろうとしたが、縄は切れない。

「待て」

 男の声がした。アザミは硬直した。まだ仲間がいたなんて。コジローも私も殺される。アザミは神を呪った。男の手がアザミにかかり、アザミは目をきつくつぶった。ぶつり、と切れる感触があり、アザミの手が自由になった。さらに足の縛めも切られ、アザミはふらつきながら立ち上がった。
猿轡を外しながら、倒れているコジローに駆け寄る。

「動かすな」

 アオの様子を見ている男から声がかかる。アザミはびくっとして、動きを止めた。男は首を振って立ち上がり、アザミに近づいてきた。

「血が流れすぎている。止血が先だ」

 男はコジローの顔を上げ、眉を顰めてコジローを仰向けにした。

「こいつの右目は駄目だろうな」

 呟きながら、包帯を出し、手早く巻く。

「これじゃあ、止血にも出ならんか。すぐに病院に運ぼう」

 男は手早くコジローの全身を点検し、ほかに処置をするべきところがないかどうか確認した。男は頷き、コジローを担ぎ上げた。そのまま歩き出す。アザミがついてこないので、振り返って言った。

「どうした、急げ。早くしないと、こいつの命に関わる」

 アザミは慌てて男の後を追った。

「あなたは誰?何でこんなことを?」

「俺はウォッチャーだ。タスクが失敗したので、回収に入る。人死にはこれ以上御免なんでな」

 アザミは不安でいっぱいだったが、今はこの男についていくしかなかった。


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