微量毒素

黒の魔歌 〜夢幻〜 p.6

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 コジローが声をかけると、真田のへやの中から大野の声が返った。扉を開けると、大野が正面に立っていた。真田はソファに座っていたが、ふたりとも拳銃を持っている。

「どうだ。何かあったか。」
 大野は声を低めて言った。コジローは流しの下から回収した拳銃を、テーブルの上に投げ出した。

「4丁...何人だ。」

「8人いたな。お手伝いさんが縛られてたよ。お手伝いさんが聞いた話だと、どうやら陽動らしい。」

「別に控えているんか...で、そいつらはどうした。」と聞く大野を制し、真田が聞いた。

「待て。で、千春さんは大丈夫か。」

「ああ。千春さんには裏口から逃げてもらった。けがはしてないよ。」

「いい人だったんだが、もう戻ってはくれないだろうな。」

「兄貴、そんなことを言ってる場合じゃ...」

「裏の人数は、縛って、堀口さんらに見張ってもらっている。」

「と、いうことは、陽動が裏目になるわけだ。」
 真田がコジローの目を見て言った。

「逆に陽動を仕掛けるのか。」

 真田は頷き、大野に向かってあごをしゃくった。
「人数をかき集めろ。裏口から出て、外の奴らの後ろに回れ。」

「でも、兄貴は。」

「俺は大丈夫だ。中と外で同じくらいの配分になるように、人数を割り振れ。」
 真田は、コジローのほうを振り返って言った。

「コジローさん、あんたは大野と一緒に出て行って、そのまま消えてくれ。」

「どういうことだ?」

「あんたには十分すぎるほど働いてもらった。もう十分だ。礼はするから、もう関わらない方がいい。」

「ここまで来たら、最後までつき合わせてくれ。」

「コジローさん、あんたは若い。まだまだやり直しがきく。いいから、出てってくれ。もし、できれば、千春さんを保護してくれると嬉しいが。」

「すまないが、断る。」
 真田はコジローを見すえた。

「あんた...」

「おれが外に出る。大野さんは、ここで踏ん張っていてくれ。」
 コジローは大野に向かって言い、へやの外に出て行った。

「兄貴、おりゃ、やっぱりまずいのをつかんできましたかね。」

「あいつは死にたがっている。」
 真田は悲痛な顔をして、目の前に積み上げられた拳銃を見た。

「どうも、あいつのためにしてやれることはほとんどなさそうだな。」


 雲に覆われた空は、星の出ている空よりも明るい。その空を見上げながら、男は身震いした。これから、真田の屋敷に乗り込むのだが、男は辻で見張り役である。華々しい戦果を上げられる部署ではないが、万が一、真田がこちらに逃げてきたら、一世一代の大舞台になる。

《でもよう、》男は考える。

《こっちが返り討ちになったら、つまらねえよな。》男は慌ててかぶりを振った。
《そんなことを考えているから、おりゃ、いつまでたっても認められねえんだ。今度こそ、男をあげるチャンスじゃねえか。でもよ、それにしちゃ、しけた場所だよな、ここは。獲物がくるかどうかもわかりゃしねえ。》

 男はポケットの拳銃を確かめた。安全装置はまだかかったままだ。襲撃の合図があがったら、安全装置を外すつもりである。
《よっしゃ、いつでも来いだ。性根は据えたぜ。ここでおれは...》

 男の思考は、ここで途絶えた。コジローは気を失った男を横たえ、物陰に引きずり込んだ。影から顔を出してあたりを窺い、音もなく忍び出る。既に4人、見張りを片付けている。先に潜入した者と呼応しての襲撃なので、それほど取りこぼしがあるとは思っていないようだ。見張りは、思ったより薄く展開している。

「本体は、あそこだな。」
 コジローは、真田邸の門から100メートルほど離れたところから入る路地に見当をつけた。傍らの塀に手をかけ、一気に飛び上がる。そこから電信柱に登り、様子を窺う。確かに、十数人の男たちがたむろしているようだ。見張りをほとんど片付けたため、主力隊は孤立している。しかし、リーダーが気が利いていれば、定期的に見張りと連絡をとっているだろう。早く動いた方がいい。コジローはそう判断して、地上に降りた。人数を分断する作戦の手伝いを頼むため、一度屋敷に戻る必要がある。コジローは、影のように疾走した。

 髪の毛をぴったり中央分けにし、薄い四角のメガネをかけた男が、時計を見つめている。黒い縞のスーツは、絵に書いたような筋者の着こなしである。

 時間が来たら、こちらが一発、銃を空に向けて打つ。それを合図に中に入った者が、真田の部屋へなだれ込み、一気に片をつける。こちらの部隊は同時に正門から突っ込み、真田側を混乱させ、戦力を分断して取りこぼしを防ぐ。これで間違いなく、真田は殺れるはずだ。この一仕事で、俺の株は上がり、組の幹部連にも俺の価値を認めさせられる。男はそう考えていた。決行時間はもうすぐ。秒針が刻々と時を刻んでゆく。

 本体の後ろの方では、コジローがせっせと男たちを締め落としていた。襲撃の直前であり、男たちの注意はすべて真田の屋敷の気配に集中していた。少し離れている男を3人締め落としたところで、前の男が振り返った。
「なあ、おまえ...」男の目とコジローの目が合い、男の動きが止まった。

 締め落とした男を横たえながら、コジローは言った。
「よお。」
 途端に男の硬直がとけ、脇の下から拳銃を抜き取ろうとしながら、他の連中に声をかけた。
「おい。おめえら、怪しい奴が...」
「あやしいのはどっちだよ。」コジローは苦笑しながら男に迫り、みぞおちにヌンチャクをぶち込む。男は白目を剥いて倒れた。男たちがいっせいに振り返り、武器を取り出した。

「やべ。」
 コジローは身を翻し、後ろに飛んだ。何人かが駆け寄って来る。と、同時に、先頭に立った男が悲鳴をあげてふっ飛んだ。コジローがヌンチャクを構えて立っている。にやりと笑いながら、コジローが言った。

「間合いがな、大事なんだよ。武器の扱いは。」コジローは言いながら、近くに来た、もう一人の男の手首を弾き飛ばした。腕の骨が折れたらしい男は、悲鳴を上げて地面に転がった。
「まあ、おいおい教えてやるからさ、来いよ。さあ。」
 コジローは殺到する男たちににやりと笑いかけて見せた。さすがに冷静な男が、コジローに銃を向け、怒鳴った。
「俺の前を空けろ。これだけ離れてりゃあ、大丈夫だ。」
 男たちがさっと前を空けると同時に、コジローも影に消えた。

「どこだっ」と男たちの怒号よりも高く、男の悲鳴が上がった。
「お、俺の手がっ」
 銃を構えていた男の手に、ナイフが深ぶかと突き刺さっていた。男たちは浮き足立った。そこに、屋敷の方からの怒声が聞こえてきた。振り向いた男たちの目に、屋敷から殺到してくる真田側の人数が映った。こんどこそ、襲撃側の男たちはパニックに陥った。自分の方に向かってきた男を殴り飛ばし、コジローは乱闘を見ていた。敵味方入り乱れての接近戦になれば、銃は打てない。切れて、敵味方かまわず打ちまくろうとする者がいないかどうかだけに気を配り、コジローは沈んだ目で男たちを眺めていた。

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