プラタナスの言葉に、キスゲは驚いたように振り返った。キスゲはプラタナスのへやで、なにか妖しげなマスコットのようなものを飾ろうとしていた。どうやら、これがキスゲのいうおみやげらしい。
「組織に入ったことが、あたしにとってよかったか、ですって。」
「おまえが行き場を失っていたのは事実だ。だが、他に道がなかったかと言えば、道はいくらでもあった。」
「プーさん、本気で言ってるの?道が一つしかない場合なんて、あり得ないことぐらい、私だってわかってるわ。あの時に私がプーさんについて行ったのは、それが私にとって、いちばん楽だったからよ。それくらい、ちゃんとわきまえてるわ。」
「その線で行くと、その後の流れも、俺がこちらに都合のいいようにレールを敷いたのも、すべておまえは承知の上だ、ということだな。」
「もちろんよ。いくらでも私は他の道を選べたわ。馬鹿なことを言わないで。私は自分の意志でここに来て、自分の意志でここにいるの。だまされた、とか、してやられたなんて、かけらも思ってないわ。どうしたの、プーさん。きょうのあなたは、かなりおかしいわよ。まるで、死ぬ寸前に、今までやってきたことを、すべて後悔している強欲じじいみたいよ。」
「実際、そんな気分だな。おれはおまえの可能性をすべて奪ったのだから。」
「ばか言わないで。あなたが奪わなければ、他の何か、家庭や、学校や、社会や、自分自身の限界が、いずれほとんどの可能性を奪っていくんじゃない。何であなたが、すべて背負わなくちゃならないの?それって、むしろ傲慢な考え方よ。あなたは私にとって、それほどのものじゃないわ。私があなたの思惑を、うまく利用したのよ。」
「わかっているが、しかし。」
「ありがたいと思ってるわ。拾ってもらえて。」
キスゲはもう当惑を通り越し、プラタナスの能力を値踏みする、冷たい視線を向けていた。
「でも、拾われた子猫は、あなたの所有物になるわけじゃない。いつかもっといい所にいくために、牙と爪を研いでいるのよ。あなた、もう子猫を飼う資格がないんじゃなくて?」
「そんなのはわかっている。」
「わかってないわよ!」
キスゲは、せっかく飾り付けたマスコットを床に叩きつけた。自分の行動に触発されたのか、さらに落ちたマスコットを足で踏みにじり、今は完全な怒りをこめて、プラタナスを見つめた。
「あまりくだらないことを言って、私をいらつかせないで。あまり馬鹿なところを見せると、あなたを抹殺したくなっちゃうから。これ以上腹を立てたくないから、きょうはこれで失礼するわ。」
キスゲはこぶしを握り、また開いた。一瞬、床のマスコットに目を落とし、プラタナスから顔を背けるようにして、扉から出て行った。
プラタナスは椅子から立ち上がり、キスゲの立っていたところまで行った。踏みにじられたマスコットを拾い上げ、汚れを払い、ひしゃげた服を直した。
「でもな、俺はそう思うんだよ。」話しかけられたマスコットは、何も答えない。
「おまえが今にも壊れてしまいそうに。それがほんとうに俺のせいでなければ、どんなにいいかと思うが、今のおれにはそれがわからない。キスゲの気持ちはわかるのに、それをどうすればいいのかがわからないんだ。俺は、自分がこんなに間抜けだと思ったことはない。何でもわかると思っていたんだが。」
プラタナスはマスコットを見つめた。そのキャラクターは憎々しげにプラタナスを見つめていた。まるで、拾い上げて、ほこりを払ってくれる、その者を、この世の誰よりも憎んでいるかのように。
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