微量毒素

緑の魔歌 〜帰郷〜 p.6

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 目をつぶっていると、ふと、自分が一人きりになってしまったような気がする。久美の声が聞こえない。気配もしないような…

「久美?」

「太陽」何もない。
「いいえ」

「月」
「いいえ」

「山」あれ?
「少しある...みたい」シャーペンが紙の上を走る音。涼しげで、心地よい。

「海」
「いいえ」

「川」
「あ、ある...かな」さらさら。

「空」
「いいえ」

「男」
「ある...って、何よ、それ」

「わからない。もうちょっと続けるよ。女」
 久美の声が真剣だったので、ルカは目を開かない。
「いいえ」

「おとな」
「いいえ」

「こども」
「ある」さらさら

「幼稚園」
「いいえ。あ、でも.少し...」さらさら

「おとうさん」
「いいえ」

「おかあさん」
「いいえ」

「朝」
「いいえ」

「昼」
「いいえ」

「夜」
「いいえ」

「広い」
「いいえ」

「狭い」
「いいえ」

「うれしい」
「いいえ」

「楽しい」
「いいえ」

「悲しい」
「いいえ」

「怖い」
「...ある」

「切ない」
「いいえ」

 沈黙が続いた。久美はことりとも音を立てない。ルカは薄目を明けてみた。久美は腕組みをして、目をつぶっている。

「久美?寝てるの?」久美ははっとしたように目を開けた。

「いや、寝てない。ごめん、質問はとりあえずここまで。ちょっと、内容を検討してたんだ」
 久美は紙をルカのほうに押してよこした。いいえ以外の答えの単語が並んでいる。

山、川、男、子供、幼稚園、怖い...

 なんだろう、これ。しかし、ルカは胸の動機が強くなるのを感じた。目を上げると、久美がルカを見ていた。


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