微量毒素

緑の魔歌 〜帰郷〜 p.7

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 久美はルカの反応を見て、紙を取り上げながら言った。

「やっぱり、これで正しいんだね。」

「そうみたい。でもこれじゃあわからないよ。」

「そうでもない。」

 久美は単語を指でなぞりながら言った。

「?」

 物問いたげなルカの顔をちらりと見て、久美は言った。

「簡単な帰結だよ、ワトソン君。」

「ワトソンって何よ。」

「シャーロック・ホームズくらい読みな。いい?幼稚園で、山、川よ。そのうえ、おとうさん、おかあさんはいいえなのよ。つまり、ご両親抜きで幼稚園児が山や川の所に行ってるのよ。こういう状況を考えてみたら?」

「そうか!遠足ね!」

「そう。5歳児が、親の後見なしで何かするとすれば、それは幼稚園の行事以外は考えにくいでしょう。でも、朝ひる夜すべてなしって言うのがわからないわね...」

「天才...!」

 ルカは呆然として久美を見つめた。久美は唇だけ引き上げて、にこりと笑って言った。

「よく言われます。問題は、この怖い、よね...下手にとると、ルカが誘拐されたみたいにもとれるけど。ルカ、幼稚園の時に誘拐されたことある?」

「たぶん、ないと思う。」

「そうよねー。そんなことがあったら、私だって記憶に残ってるわよね。いや、それとも子供たちを怖がらせてはいけないと、緘口令がしかれたとか...」

「だって、私はどうなるのよ。怖いと思ってるんだから、少なくとも記憶にあるはずよ。」

「いや、あまりの恐怖に、自分自身で記憶を封じたのかもしれない。」

「親に聞いてみましょう。いくらなんでも、この歳になれば教えてくれるでしょう。」

「そうだね。私も親に聞いてみよう。で、どうする。これから。」

「どうしよう。」

「謎を追って見る?」

「追う。」

「躊躇ないなー。じゃ、明日私のうちに来て。」

「うん。何時くらいがいい?」

「午前中。9時は?」

「わかった。遊びに行く。」

「ルーちゃん、遊びじゃないのよ。謎を追うんだからね。」

「わかった。謎を追いに行く。」

「なんだかなー。ま、いいわ。じゃあ、今日はここまで。一緒に帰ろ。」

「この状態で別々に帰ろうと思うか、あんたは。」

「そういうふうに受け取っちゃいけないわ。これは社交辞令よ。」

「あー、社交した。」

「あんた、友達なくすわよ。」

「あんたほどじゃないわよ。」と言って、ルカは気付いた。久美は人間関係で悩んでるんだっけ。久美を見たが、笑っている。

「あの、ちょっときつかった?」見上げるように言うルカに、久美は笑って答えた。

「あんたの言葉には、裏がないのがわかっているから大丈夫。」言葉に嘘がないのがわかったので、ルカも一安心する。

「裏があるほど高級な人間でなくてすいませんでしたね。」

「ほんと。向こうが透けて見えちゃうわよ。」

「それって、落語の時そばになかった?」

「あったよ。フが薄すぎて、向こうが見えちゃうの。」

「って、わたしゃフかい。」

「そんなもんよ。」

「ひっどー。」

 少女たちはカバンでどつきあいながら教室を出て行った。後に残された教室には、土曜の午後の光が、さんさんと入っていた。教室は、もう何年も人を迎えたことのないような顔をして、静まり返っていた。


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