白の魔歌 〜エリカ〜 p.7
魔歌 |
「そもそも、なんであんた、そんなにエリカに興味があるの?」 これにすらすらと答えられるのは、百戦錬磨の女性ハンターだけだろう。残念ながら、イガはそうではなかった。当然の事ながら、イガは絶句した。女性二人は、それぞれの思いを持って、イガの次の言葉を待った。 「...どうしてだろう。自分でもわからない。」 「よく考えてみなさい。足がきれいだとか、顔が好みだとか、胸が大きいからとかいろいろあるでしょう。」 「アユミ。」 「胸はそんなに大きくないのでは...」 「いや、これが脱ぐとけっこうあるのよ。」 「アユミ!」 「脱がないとわかんないんじゃ、興味を持つきっかけにはならないでしょう。」 「確かに。でも、どこかで見かけたとか。」 「そんなにしょちゅう見かけるようなところで、見られるんですか?」 「イガさん!」 上の空で言葉を返しながら、イガは自分の心を探っていた。新歓コンパの夜、会ったこと。その前、道に迷っている時にあったこと。どうも、よくわからない。どちらの時も、苦しいほど激しく、胸を衝かれたのだが。イガは両手の親指でこめかみを押さえ、他の指を組み合わせて、視界を塞ぎ、自分の内側を見つめながら言った。 「クラブの前で会ったときは、男に囲まれて、物凄い目をして、殺気のようなものを立ち昇らせていた。あの目を見たとたんに、すっかり参ってしまった...」 エリカもアユミも何も言わず、イガの言葉を聞いていた。 「もう一回。去年の秋ごろ、おれが西の方で道に迷った時、エリカさんが歩いているのと、偶然出会ったんです。ワンピースで、わき目も振らず。」 「エリカ、覚えてる?エリカがワンピース?信じられない。」 「たぶん、ゼミの懇親会のときかな...ワンピースなんて。わたし、乗るバスを間違えて、西の方に行っちゃったの。その後、そこでバスを待って戻ればよかったんだけど、なんだか腹が立って、歩いて戻ろうと思ったんだ。たぶん、その時かな。」 「あんたって、馬鹿ね。バスで来る位のところを歩いたら、めちゃ大変よ。」 「わかってるって。それで、その後、西の駅の方に行って、電車で本駅まで行って、そこからまたバスで行ったよ。」 「それにしても、どっちも怒りまくってる時?他にはないの?ひょっとしてマゾ?」 「アユミ!」 「他には、ありませんね。ちなみにマゾでもないです。私の記憶に残っているのは、エリカさんが、それでも、まっすぐに歩いていたってことですね。」 「ふうん。」 アユミはエリカのほうを見た。エリカは、何か考え事をしているようだった。イガも、きょうはそれほど深入りする気はないらしく、連絡先を訊くこともなく、散会になった。喫茶店を出て、二人はイガと別れた。中途半端な時間だから、お店でものぞいてまわろうという事になり、二人は中心街の方に足を向けた。歩きながら、アユミがボソリと言った。 「あの人、見た目ほどいいかげんな感じじゃないね。どうかね、ああいうタイプ。」 「わたし、ほんとうに興味ないんだ。彼には悪いけど。」 「付き合って見ると、面白いかもよ。駄目なら、すぐ別れりゃいいんだから。」 「だから、私はそういうことをする気はないの。何でそんなに付き合せたいんだ?」 「ま、別にそういうわけでもないんだけどさ。その方が面白いから。」 「人で面白がるより、自分で何かすれば?」 「もうしてるもーん。いっぱい、いっぱい楽しいこと。」 「何かやらしいな。」 「考えすぎ。耳年増なんだから。楽しいことは山ほどあるのよ。私は、エリカさんにも、それを味わってもらいたいだけ。」 「いいんだよ、私は。もうすぐ、うちに帰るんだから。」 「もうすぐって、まだ1年もあるじゃないか。初心者コースなら、それくらいでちょうどワンセットになるよ。まあ、騙されたと思って、付き合ってごらんな。」 「だから、全然そういう気はないって。」 「でも、そりゃ変態よ。春になると花が開くように、心が心を求めるものよ。心の次は...」 「アユミ、やっぱり下品系に行きそう。イエローカードを出すよ。」 「まあ、少し考えてくれたまえ。ちなみに、私はイガくんから、付け届け等は何ももらっていないよ。」 「パフェをおごってもらったろ。」 「いくらなんでも、それで友だちを売り渡したりはしないさ。信用しておくれ。」 「そりゃそうだろうけど。」 「でも、フランス料理フルコースなら考える。」 「アユミ...」 「冗談よ。でも、ほんとに考えてみたら?イガくんの件。」 「その話題、保留。とりあえず、ブーツを見よう、ブーツ。」 「保留?含みがあるね。却下じゃないんだ。」 「アユミがしつこいんだもん。保留。」 「よしよし、今はそれでよしとしよう。ブーツ?私、マフラーが見たいんだけど。」 「今さら?もう暖かくなるのに。」 「巻いてみたいのよ。買う買わないはともかく。」 「なるほど。じゃ、ブーツを見て、マフラー。」 「ブーツは時間がかかるじゃないか。却下。」 「マフラーはすぐ終わるのか?」 「うーん、微妙だね。」 「ま、どっちでもいいや。まだ時間があるし。」 「じゃ、マフラーね。」 「いいよ。」 エリカとアユミは、専門店街のほうに向かっていた。空は春霞、おぼろな雲がたなびいていた。 |