微量毒素

白の魔歌 〜エリカ〜 p.9


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 イガは徹底的にエリカをマークした。テニス同好会の日程はもちろん、すでにエリカの選択した講義の日程を把握し、万全の構えである。

 自分の講義に影響のない日は、イガはいつも学校の門の前で待っていた。その後にエリカの用事があれば挨拶を交わすだけ。用事がなければ、しばらく話などする。エリカの都合がよければ、喫茶店に行くこともあった。イガはそれをデートと呼んだが、単なる雑談会だった。当然のように、アユミがいつもついてきていた。

 時に、アユミの都合が悪くて、二人だけになることもあった。そういう時は、アユミから事前に、馬鹿なことをしないように、との釘さしがあったが、二人だけになると、かえって会話が弾まず、ぎごちない空気が流れた。

「コーヒーと紅茶、どっちが好きなんですか。」

「紅茶。でも、コーヒーも時々飲みたくなる。」

「ズボンとスカートは、どっちが好きなんですか。」

「場合による。」

「おしんこと佃煮、どっちが好きですか。」

「ものによる。」

「自分で買うとしたら。」

「たぶん、佃煮。」

「パンダとホワイトタイガー、どっちをみたいですか。」

「パンダ。」

「ロボットとアンドロイド、どっちになりたいですか。」

「どっちにもなりたくない。」

 ...以上が、エリカとイガの、弾まない会話の一例である。それでも、イガはアプローチを繰り返していた。テニス同好会では、フェンスの外からいろいろアドバイスをしたりしていたが、いつの間にかフェンスの内側に入り、女の子の手を取って指導したりしていた。同好会のメンバーは、イガをコーチとして見るようになり、イガが来られない日は、エリカとアユミに、コーチはどうしたのか、と訊いてくるようになった。

「ねえ、今日はイガさんどうしたの?」

「ああ、何でもゼミの集まりがあるとかで。今週はずっと来られないみたいよ。」

「困るなー。もうすぐ大会だから、サーブの足じまいのところを見て欲しかったのに。土曜日は来るの?」

「たぶん。」

「いいや、その時に見てもらお。さんきゅー。」

「どういたしまして。」

 そんなわけで、イガはさらにいろいろな伝手を得て、エリカの行動範囲に出没するようになった。エリカの回りの人間も、最初は不審な目でイガを見ていたが、あっけらかんとして、エリカに気に入られようとしていると言うイガの態度を見て、応援しようという者が増えてきた。せっかくの大学生活である。こんな楽しい話題に乗らない方がおかしい。しかし、当のエリカは一向に乗ってきてくれなかった。

「今度、デートしませんか。評判の映画が来るんですけど。」

「映画はアユミと見に行く。」

「アユミさんだって、彼と行きたいでしょう。たまには友だち孝行をしたらどうです?」

「アユミの彼は、映画が嫌いだから。」

「......」

 部外者立ち入り禁止の、同好会の親睦会には、当然のような顔をして、イガが出席していたし、大学の宴会にも、どういう話になったのか、参加していた。回りの人間もエリカのそばの席を確保するし、エリカも絶対に嫌という様子ではないので、回りの人間も耳をそばだてていたが、ある程度からの距離はいっこうに進まなかった。

「エリカさんは、けっこう飲めますよね。」

「基準がわからないから、なんとも言えない。」

「飲んだ量とかで計れませんか。」

「酔いつぶれるほど、飲んでみたことがないからわからない。」

「じゃあ、今日トライしてみませんか。」

「あなたがいるから嫌。」

「...けっこう傷つきました。酔わせてどうこうなんて、考えてませんよ。」

「そうは思ってない。自分でも知らない、酔いつぶれた姿を人に見られるのが嫌なんだ。」

「酔いつぶれた後も、私がちゃんとエスコートしますが。」

「それはかなり嫌だ。」

「...やっぱり傷つきますね。」

「今度はそのままに受け取ってかまわない。イガさんにエスコートされるのが嫌なんだ。」

「ひどい...」

 傍で聞いていたものは、噴き出すのをこらえるのに必死だった。イガは真剣なのだろうが、ギャグにしかならない。しかし、大学の宴会の翌日には、アユミはさすがにあきれて言った。

「イガくん、やりすぎだよ、それ。」

「ごめん...」

「あんたのやってることって、ほとんどストーカーよ。」

「そう思われては情けない。自重します。」

「でも、難しいよね、エリカはさ。なんでほだされないんだろう。ここまでやってるのに。」

「そこがポイントだね。むきになっているようにも見えるし。」

「そうよね...今度はアプローチの仕方を変えてみたら?」

「変えるったって...」

 イガとアユミは話しながら歩いていった。それを、ペデストリアン・デッキの上から、ムサシが見下ろしていた。

「あ、はぁ。なるほど。」


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