白の魔歌 〜友だち〜 p.3
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アユミが目を開けると、不安そうに自分を見つめているエリカの顔があった。今なら、私が何を言っても、信じ込むな、この子は。私好みに洗脳しちゃおうかしら。アユミはエリカの目を見て言った。 「ねえ、アユミ、どうすればいいんだろう。」 「...何もしなくていいんじゃない?」 「え?」 エリカの顔が不審に揺れる。 「...どういうこと?」 「とりあえず、今まで通り。お互い、わかってないんだから、わかろうとすればいいんじゃない?慌てて、いろいろすることはないよ。イガさんとたくさん、お話しをして、たくさん遊んで、イガさんと一緒に考えていけばいいじゃない。そうするのが、いちばん間違いないんじゃない?私がああしろ、こうしろと言えることじゃないね。」 エリカは考え込んでいる。アユミは立ち上がり、残ったお茶を捨てて、新しいお茶を持ってきた。また香ばしい香りが立ち昇る。 「ほんとうに、そう思う。」 「もちろん。これは、今現在の、私の考え方だけどね。」 エリカは、目で茶碗から立ち昇る湯気を追いながら、また考え込んだ。手を伸ばし、茶碗を取って、こくこくと飲み、お茶碗を口に押し当てたまま、また考えている。やがて、お茶碗を茶托におき、目を上げて言った。 「ありがとう。やってみる。」 エリカは立ち上がり、服を整えた。 「え、帰っちゃうの?」 慌てるアユミを不思議そうに見て、エリカは頷いた。 「うん。だって、もう遅いでしょ。」 「ずっと居てもいいのに。」 「ありがとう。でも、ちょっと一人で考えてみたいから。」 エリカは身支度をし、靴を履いた。出て行こうとして、振り向き、アユミを見て言った。 「お茶、ありがとう。おいしかった。」 エリカはすっと出てゆき、ドアが閉まった。アユミは左手で右手の肘をつかみ、見送った姿勢のままで、呟いた。 「ほんっとに、あなたらしいわ、エリカ。楽しいお話だったわよ。私も、彼との関係を新鮮に見直せたわ。」 アユミはお茶器を片付けるために、部屋に戻った。つい今まで、人のいた部屋は妙にがらんとして見えた。なんだろう、この孤独感は。 「なぜかわかんないけど、何かすごく人恋しくなっちゃったな。エリカったら、男がらみで相談に来たのなら、朝までお話するのが常識でしょ、って、あの子には常識が欠如してるんだっけ。」 アユミはお茶器を片付け、流しを拭いた。流しに手をついたまま、頭を下げてしばらく考え、顔を上げて言った。 「決めた。お酒、飲もう。」 アユミは冷蔵庫からワインの壜を取り出し、ワイングラスとワインオープナーを食器棚から取り出して、部屋に持って行った。ワインを開け、グラスに注ぐ。グラスを持ち上げ、アユミは言った。 「不思議なカップルに。それと、この孤独感に。」 傾けたグラスから、ワインは、血液のような重厚性を持って、喉に流れ落ちた。 「うふん。」 アユミは吐息をついた。おいしい。二人で飲むのもいいけれど、この人恋しさを肴に飲むのも、また捨て難い味がある。まあ、きょうはこの孤独感をたっぷり味わって、明日はあの人に会って、思い切り甘えてしまおう。そう思ったとたん、一人きりの辛さがどっと押し寄せてきた。 「会いたいよオ、ダーリン。」 酔いが心地よく、アユミの身体をほぐし始めた。 |
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エリカは夜の道を、大股で自分の部屋に向かって歩いてゆく。その上の空は雲に覆われており、ほの明るく見える。エリカの後ろでは、アユミの部屋が白い光を闇に零している。空気は水気を含んで、うるうると揺れている。明日は、梅雨らしい雨になるだろう。そしてその雨の向こうに。暑い夏が待っている。 |
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