白の魔歌 〜友だち〜 p.5
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「夏のご予定は?」 |
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−エリカは自宅への道を歩いていた。夏の道。高校の頃、通いなれた道だ。さすがに、ほとんど変わっていない。荷物は宅急便で送ってあるので、大き目のバッグ一つだけ。キャスケットをかぶってきたのは正解だった。遮るもののない道で、日光は容赦なく照り付けていた。 エリカは下を向き、自分の影を見ながら歩いていた。地面は、日に晒されて肌色。影は、趣味のいい薄茶色。上品なコーディネートだと思いながら、ずんずん歩いた。大きな柿の木が見えてきた。その木があるのが、エリカの実家である。エリカは門をくぐった。 「ただいま。」 「おかえり。」 玄関に入って声をかけると、ついさっき出かけた娘を迎えるような口振りで、母からの返事が返ってきた。台所にいるらしい。エリカは靴を脱ぎ、式台(?)に上がった。静かな空気。外の熱さが嘘のように、ひんやりとしている。あまりの静かさに、エリカは思わず足音を忍ばせる。自分が闖入者になったような気分だ。台所に入ると、母が居た。 「スイカがあるよ。食べる?」 |
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イガはムサシの部屋で寝転がって、「奇岩城」を読んでいる。窓は開けてあるが、暑い。汗まみれである。ムサシは、机から振り向いて、イガに言った。 「で、なんでおまえはここにいるんだ?」 「気にしないでくれ...暑いな...」 「......」 |
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エリカは、フォークでスイカを食べていた。母親がその前で頬杖をついて、スイカを食べるエリカを見ている。エリカは母親に言った。 「食卓で頬杖をつくなんて、お行儀悪いよ。」 母親はふふんと笑ったが、そのままエリカを見ている。 「おかあさんはいらないの?」 「いらない。」 「ふうん。」 エリカはスイカを食べ続けた。エリカはフォークでタネをほじり出すのが、けっこう好きだった。 「大学生活はどう?親元を離れての。」 「うん、勉強はけっこう難しいけど、楽しいよ。新しいことを知るのは。」 「試験はどうなのよ。」 「まあまあじゃないかな。大学の試験って、ほとんどが論文形式なんだ。だから、自分の書いたことが正しいのか、点をもらえるのかがとてもわかりにくい。でも、ある程度納得のいく答えはかけた。だから、まあまあ。」 「ふうん。ほかは、どうなの?」 「ほか?ああ、テニス同好会は楽しいよ。おおぜい友達も出来たし。この前、友だちのうちに行ってきちゃった。」 「ほほう。」 母親の目が細くなる。 「男の人?」 エリカは思わず、母親を見た。 「まさか。女の子よ。アユミって言う。うちに電話をかけてきたこともあるでしょ。」 「ああ...」 母親は、あきらかにつまらないという顔をした。 「じゃ、ボーイフレンドは出来たの?」 「できないわよ。男の友達ならいるけど。」 「どう違うの?」 「ほんとうに、ただの友だちなの。特別な人じゃなく。」 「特別な人はいないのか...」 母親はそう言って、伸びをした。 「また、食卓で伸びなんかして。」 「それ、ぜんぶ私がエリカに言ったことだよね。」 「うん、そうだね。」 「ちゃんと、しっかり覚えてるんだ。偉いねえ。」 「あたりまえでしょ。」 「おまえが離れたところの大学に行く事になったとき、私はずいぶん心配したんだよ。言わないけど、お父さんは私の百倍くらい心配してたみたい。」 エリカはフォークを置いた。 「...初めて聞いた。」 「初めて、話したわよ。おまえが何か大きな問題に巻き込まれて、大変な事になるんじゃないかと思って、おまえがあっちに行っちゃった後は、気が気じゃなかったわよ。しばらく、毎日電話してたでしょ。」 エリカには心当たりがあった。 「そうね。毎晩、電話が来てたもんね。」 「それが、去年の夏休み、アユミさんから電話が来て、おまえが早々にあっちに帰っちゃったでしょ。あの時から、少し悟りが開けたのよ。」 「悟り?」 「そう。エリカはもう、エリカなりの道を歩いているんだって、わかったのよ。もう、ずっと前からそうだったのに、私がそれをわかってやれてなかったんだ、って。」 「......」 「おまえはほんとうにいい子よ。親の言うことを、ちゃんと覚えてて、守ってる。心配なんか、全然することはないんだって、わかったのよ。」 |
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