微量毒素

白の魔歌 〜大学祭〜 p.2


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★ 第1回学園祭実行委員会。

 エリカが第3大講義室に入ると、もう結構な人数が集まっていた。おっとりした学校なので、これだけの剣呑な雰囲気を持ったメンバーがいるというのは驚きだ。この学校の危険人物を、一ヶ所に集めた感じだと思い、エリカはくすくす笑った。何が始まるのか、わくわくしてくる。出入り口の近くで、アリサが腕を組んで、壁に寄りかかって立っている。出入りする人間を品定めしているような雰囲気である。エリカが近づいていくと、気がついて手を振ってくれた。

「こんにちは、アリサさん。」

「クレハから聞いたわよ。よく来てくれたわね、うれしいわ。」

 エリカは回りを見回した。

「どの方も一癖ありそうな方ばかりですね。」

「まあ、そりゃあ、そういう人間を集めてるからね。どう、場違いな感じはする?」

 エリカは少し考え、もう一度まわりを見回して言った。

「そうでもありません。でも、なぜですか?」

 アリサはにっこりと微笑んだ。

「あなたって、ほんっとにあたしが欲しかったとおりの人だわ。期待してるからね。」

「はい。やってみます。でも、何でこんなところにいらっしゃるんですか?まるで、入ってくる人の品定めをしてるみたい。」

「してるのさ。さあ、そろそろめぼしいメンバーが揃ったから、戦に乗り出すとするか。」

 エリカは会釈して離れ、いちばん前の席が空いていたので、そこに座った。隣には、髪をひっ詰めた、とても気の強そうな女性が座っている。体中から気力が溢れ、戦闘準備十分という感じだ。エリカのわくわくは、いやが上にも高まってきた。


 アリサと自治会のメンバーが、黒板に式次第を貼り付けている。講義室の中も、次第にざわめきが静まってきた。時刻が16時になった。エリカは、アリサが壇上に立つのだろうと思っていたが、アリサはそのまま左側に設けられた、事務局のテーブルに行き、腕を組んで座っている。クレハが立ち上がり、黒い用紙箋を手に持って、壇に上がった。

「これより、第一回の学園祭実行委員会を開催します。」

 場内が一瞬ざわめいた。クレハは、続けて言った。

「進行は、黒板に貼ってある、式次第に則って行います。式次第は話を進めやすくするための方便です。実際の会の運営は、臨機応変に進めていきます。もちろん、討議が必要な場面があれば、討議の時間を設けます。」

 クレハは後ろを向き、黒板に「学園祭を成功させるために」と書いた。クレハは向き直り、講義卓に両手をついて、顔をあげて言った。

「私たちは、学園祭を成功させたいと思っています。今回の学園祭を、みんなの記憶に強く残る、楽しみにあふれたものにしたいと思っています。これは、皆さんも同じであると信じています。そのために、多くの方にお手伝いをお願いしたい。これが、事務局からのお願いです。このことについて、最初に討議させてください。」

 エリカの隣にいた女性が、まず手を上げた。

「どうぞ。」

「文学研究会のノダです。学園祭のお手伝いと言いますが、うちのサークルでは、その学園祭のために、サークルとしての参加をします。そのために、ずいぶんな時間をかける事になるので、お手伝いをすることは、事実上難しいと思います。」

 文学研究会の発言を皮切りに、何人かの発言があった。

「漫画研究会のアンドウです。締め切りがきついので、参加は無理です。原稿だって間に合わないかもしれないのに...」

「演劇部のクロカワです。こちらも舞台発表をする予定があるので、余分な時間をとるのはつらいですね。」

「華道部のサイバラです。お時間が合えば、お手伝いすることは可能です。どのようなことを考えていらっしゃるのですか?」

「少林寺拳法部のイリエです。修行をしている身ですから、お手伝いする時間は取れません。」

 場内はざわついてきていた。

「歴史研究会のヤサカです。何かやりたいということでしたら、自治会の人数だけでやれる範囲にされたらいかがですか?なぜ、外にまで手伝いをさせたいんですか?」

 アリサが立ち上がった。

「私たちだけでは手が足りないからです。それだけ。」

 クレハがアリサを無視して、壇上から言った。

「残念ながら、私たち自治会メンバーだけでは、学園祭を成功させることが難しいからです。我々は、非常に狭い視野しか持っていません。我々はわずかなアイデアしか持っていません。ここにお出でいただいた方々は、学園内でもよく知られた、優秀な方ばかりであると私は考えています。我々は我々の学園祭を際立つものにしたいと考えています。そのために皆さんの助けが必要なのです。それが私たちの企みです。みなさんが忙しい身であることは充分存じております。それでもなお、お力をいただきたいのです。どうかお願いします。」

「それだ。」

 アリサは言った。文研のノダが、そのアリサをチラッと見て言った。

「あなた方は自分たちの自己満足のためにやりたいんじゃないんですか?私たちのメリットは何でしょう。何もないんじゃないんですか?」

 この文研のノダの発言で、場内は騒然となった。ノダに同意するもの、考え込むもの、隣の人間と議論しあうもの、居眠りをしていたものも目を覚まし、議論に参加し始めた。会合は紛糾している。ノダは、隣に座っていたエリカに話しかけてきた。

「あなた、あなたは自治会の言っていることをどう思う?」

「手が足りないから、助けが欲しいと言うことですよね。私は空いている時間があるからお手伝いしようと思います。」

「何でこっちまで巻き込もうとするんだろうね。なんか企んでいると思わない?」

「何か企んでいるとしたら、こんな風にオープンに討議するのは逆効果でしょう。かえって、皆さんが意識しちゃったし。うまく立ち回れば、こんな風にならないんじゃないですか?自治会長さんは、そんなに物のわからない人には見えませんし。」

「あいつは切れるよ。だから、たちが悪いんだよな...」

「そんなふうに思われていることがわかっているから、精一杯オープンな形で進めようとしてるんじゃないでしょうか。」

「でもねえ。入学してからずっと、先生たちに取り入って、思う通りに自治会長にまで納まってさ。なんか胡散臭いんだよね。」

「自治会長なんて、そんなにいいものですか?みんな嫌がって、誰かに押し付けようとするようなもののような気もしますが...」

「中にはね、いるのよ。お政治おばちゃんが。ああいう立場につきたがる人ってのはいるんだよね。就職にも有利だろうし。」

「そうかなあ。サークルのリーダーならともかく、自治会なんて、それこそ煙たがられませんか?組合活動とかに熱中しそうだとか。」

「とにかく、どうも信用ならない感じがするんだよ。絶対何かをやろうと思っている、そんな感じがするんだ。」

「それは、そう思います。でも、それがよくないこととは限らないんじゃないでしょうか。あの人がこんなに力を入れたのは、今回のことが初めてだって聞きました。彼女は全力を尽くして、学園祭を成功させようとしているみたいです。あの人がやろうとしているのは、それなんじゃないでしょうか?」

「んー、一理あるか...」

「ここに来ている方は、自治会の方が頼りに出来るほどの人ばかりなんですよね。一緒にお手伝いしてあげればいいんじゃないかと思います。みんなで学園祭を成功させる、って言うのは、そんなにいやな考えじゃないと思いますけど。」

「なんか、力が抜けたわ。まあ、ちょっとかき回してみるか。」

 文研のノダは、混乱の中で立ち上がり、声を張り上げた。

「責任者が誰だか知らないけど、事務局の方々、このままではまとまりませんよ。結局、あなたたちは何がしたいんですか?それをはっきりしてくれないと、我々も何も判断しようがありません。そこのお嬢さん。あなたは何を考えているのかな。」

 文研のノダは、アリサを指さして言った。アリサは眉をしかめて立ち上がった。

「人を指さすなんて、失礼な...まあ、ご指名ですから、私見を述べさせていただきます。皆さん。ここにいる皆さんは、学園祭を成功させたいと考えていらっしゃらないのですか?」

「いきなり質問かい。まあ、いい。そう思っているに決まっているだろう。」

「それでは、なぜそのために手助けをしていただくことが、そんなに負担になるとお考えなのですか?」

「だから、質問形での議論は不細工だって。」

「失礼、言い換えます。私たちはぜひとも学園祭を成功させたいと思っています。そのためには、自治会のメンバーだけでは賄いきれない量の仕事が出てくるんです。それを、お手伝いしていただきたいんです。皆さんに手伝ってもらって楽をしようなんて考えているわけじゃありません。余った時間は別の仕事に振り分けられますから、その分、いろいろな企画をしていけるようになります。そうすれば、学園祭をさらに素晴らしいものにしていけるでしょう。そのためのお手伝いをしていただきたいということが言いたくて、本日皆さんに集まっていただいたんです。」

「そこまでする必要はあるのか?今までの学園祭でも、こんな形での手伝いの要請はなかったし、事実それでうまくいっているじゃないか。」

 ノダの言葉に、アリサの眼が煌き、燃え上がったように見えた。クレハは澄ましていたが、内心は踊りだしたいほど興奮していた。(ついにアリサが食いついたわ。どうなるかな。ここでしくじると、後のフォローが大変だな...)むしろ低い声で、アリサは言った。

「それでは、あなたは今までの学園祭に参加して、心の底から満足していらっしゃるんですね。だとしたら、私たちの手助けはしていただけないと思います。お帰りになってけっこうですよ。」

 ノダもこの言葉にはカチンと来たらしい。

「呼びつけておいて、帰れだって?たいそうな言いようだな。何様のつもりだ?」

「だって、私たちが必要なのは、私たちの学園祭を、十分に満足できるようにしていきたい方だけですから。今までの学園祭で十分と思っておられるような方には、いらしていただいてもお互いに時間の無駄になるだけでしょ。私たちは、学園祭を、自分たちの手で、素晴らしいものにしていこうと思っているんですから。」

「私だって、自分がいるときの学園祭を思い出に残るようなものにはしたいさ。だけど、あんたはそのために何を差し出せって言ってるんだ?魂か?」

「失礼ですが、切り返させていただくわ。学園祭を思い出に残るようなものにしたいと、あなたはおっしゃる。だけど、手伝いをするのはいやだ、と。そういうことですわね。つまり、他人のふんどしで相撲をお取りになりたいと...」

「そんなことは言っちゃいないだろ!あんたのふんどしなんぞ、いるか!納得できるような話をしてくれなけりゃ、こちらだって判断しようがないだろう。手の内を何も見せずに手伝え、と。これでついていく気になると思うか?」

 アリサとノダは言葉を切り、睨みあった。回りも、二人の間の緊迫した空気に押され、静まり返っている。

「ああ、もう!」

 エリカは立ち上がり、二人の間に割って入った。

「お二人とも、そんなところで力を使ってどうするんですか。もったいない。もったいないお化けが出てきちゃいますよ。力はもっと有意義なところで使わなくちゃ。」

 アリサとノダの視線がエリカに突き刺さった。クレハは楽しそうに呟いた。

「うっわー、怖いもの知らず...」

 エリカを睨みつけながら、ノダは言った

「おまえは小学生か!」

 アリサも言った。

「なっまいきー。」

 二人に同時に攻撃されて、エリカは鼻白んだ。間の悪い沈黙の中で、クレハは噴き出した。噴き出して笑い始めた。

「あっはっはっはっは...」

 のけぞって笑うクレハを、全員があっけにとられたように見ていたが、やがて笑いが伝染し始めた。そして、エリカの次の一言で、場内は爆笑の渦に巻き込まれた。

「何で笑うんです?私は真剣に...」

 ノダも仕方なさそうに苦笑して言った。

「真剣に議論に入って、もったいないお化けかよ...」

 エリカは憮然として周りを見回していたが、アリサを見つけて、抗議をした。

「生意気ってなんですか。私だって一所懸命に...」

 アリサはにこやかに微笑んでいった。

「生意気はほめ言葉よ。」

 またしても抗議を鼻先で折られて、エリカはいっそう不得要領な顔になった。エリカとノダとアリサの掛け合いを見て、爆笑は続いた。クックッと笑いながら、クレハが壇上に立った。しばらく笑いが納まるのを待ち、場をまとめた。

「もちろん、お手伝いは、いつしていただいてもけっこうです。短くても、ほんの少しのことでも。少しでもお手伝いいただければ、私たちは本当に嬉しいです。仕事の進捗より、お手伝いしてくださるというあなたの意思が嬉しいんです。そのように、私たちの提案を考えてみて下さい。次の集まりは、6月24日の16時から、やはりここで行うことにしています。もし、皆さんにその気がおありでしたら、またいらして下さい。いらしてくださる方は、本当に歓迎いたします。みなさん、私たちの関わるこの学園祭を、本当に楽しくて、一生の思い出に残るようなものにしようではありませんか。本日は、これで終わりとします。お忙しいところ集まっていただいて、本当にありがとうございました。それでは、次回もここでお会いできますことを、心から楽しみにしています。」

 クレハは壇上で、深々と頭を下げた。エリカが見ると、アリサも、他の自治会委員たちも、同じように深々と頭を下げていた。エリカは胸がどくんとときめくのを感じた。今のところ、とてもいい感じだ。どんなことになるかはわからないけれど、楽しめそうな予感は膨らんできて、エリカは大きく深呼吸をした。


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