白の魔歌 〜大学祭〜 p.4
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第3回の実行委員会の前半は、テーマの選定で盛り上がった。アリサの「ちりも積もれば…」を筆頭とする、何じゃそりゃ系もあったが、それなりの形をとったものもかなりあり、なかなか決まらなかった。 「力を尽くせば夢はかなう」 「百花繚乱 花咲く時は今」 「雌狐と野バラ」 「音 集まりて 響きあうこころ」 「扉を開ける手 差し伸べる手」 エトセトラ、エトセトラ・・・エリカも一生懸命考えてきたものを提供した。 「みんなの力で楽しい笑顔」 これは、残念ながら全会一致で否決された。エリカは非常に不本意だったが、これは仕方ないだろう。全会一致で否決されたものは、ほかにはアリサのものしかなかった。残ったものは、それぞれに訴えるものがあり、なかなか決定するまでには至らない。 ノダはしばらく黒板に書かれたものを下や斜めから眺めていたが、立ち上がって言った。 「悪い。ここに出てる奴を換骨奪胎してみたらいいんじゃないかな。ちょっと、黒板を貸して」 「どうぞ。お願いします」 クレハは黒板の前を空けた。ノダは右側のサブ黒板の空いている部分に、どんどんと書きなぐっていった。 『実を忘れて雌狐 花に浮かれて鳴く』 『百花繚乱 永遠の見える窓が開く 雌狐浮かれ騒ぐ神無月』 『浮かれ騒ぐ雌狐 百花繚乱の神無月』 『神無月 雌狐浮かれ騒ぐ 百花繚乱の地へ』 ノダはチョークを置いて振り返った。 「雌狐はもちろんあたしたち。花は学園祭で開くであろう諸々のもの。これを入れて、後は好みでトッピングだ」 「う・・・ん。完成度は一番かな。この中から選んでも私はいいと思うな」 アリサは腕組みをして見ている。みんなで唸っていると、フーが指し棒をしごきながら、つかつかと前に出た。 「えー、みなさん、ここで決を採ってみたいと思います。結果が納得できないものであれば、また考えてみることにして、とりあえず、一つに絞って眺めてみましょう」 ノダも賛意を示した。 「そうだな。頭で考えているより、そのほうがいいかもしれない。いいかな、みんな」 「異議なーし」 後ろの方の席から、経営研究会のサエリがけだるそうに手を上げて言った。それに続いて、ばらばらと同意の声が上がった。 「では、いいなあと思えるものがあったら、そこで挙手してください。カウントはしません。時間がかかるし、僅差で決まったんじゃ、遺恨を残しそうですから。ある程度明らかに差がついた場合だけ、決定ということにします。まずこれから」 ぱらぱらと数人が手を上げた。 「次」 かなりの人数の手が挙がった。 「次はこれ」 けっこうな人数の手が挙がったが、2番目ほどではない。 「最後です」 何人かの手が上がったが、大勢には影響ない。フーは桃色のチョークを取り上げ、2番目の前に花丸をつけ、教壇を下りた。ノダが呟いた。 「百花繚乱 永遠の見える窓が開く 雌狐浮かれ騒ぐ神無月、か」 クレハがもう一度、はっきりと読み上げた。 「百花繚乱 永遠の見える窓が開く 雌狐浮かれ騒ぐ神無月」 クレハは全員を見回し、言った。 「少しあざとい気もしますが、今回の学園祭は、今までとは違うと言うことを印象づける為にも、これくらいのインパクトは必要だと思います」 アリサが口をはさんだ。 「やっぱり、私のほうがインパクトはあると思うんだけどな」 「ある意味、そうだけどね」 アリサはかなり不満そうだったが、圧倒的な支持により、渋々このテーマをとることを認めた。クレハは、黒板中に書かれたテーマを消し去り、チョークを勢いよく滑らせて、改めてこのテーマを黒板に書きつけた。 「ふうむ」 ノダが腕を組む。 「これが選ばれたことに文句はないんだけどさ。うちはキリストさんの学校だろ。こういうのでも問題はないの?」 ノダの疑問に、クレハが答えた。 「一応、事前にお伺いは立ててあります。基本的に規制の考えはないということです。ただし、こういう場合、必ず「そうは言っても」と物言いのつくことが間間ありますので、明日の午後に学園長とうるさ型の教授連を集めて、正式にお伺いを立てます。このまま通すつもりでいますが、万が一駄目だった場合は、再度検討になります」 「もう七月だろ。間に合うのか?」 「駄目だった場合は、明日中に再度検討して、遅くとも今週末には全学園に周知します。ポスターを印刷に回して、夏休み前にばらまくためにも、この期限は厳守しなければなりません」 「間に合わないからって、『チリも積もれば…』になることはないだろうね」 「自治会の独断では決定しません。掲示板なり、構内放送を使って皆さんに呼び出しをかけることがあるかもしれませんから、注意していてください」 「なんでそんなに嫌がるのかな、私のを」 アリサが口を尖らせて言うと、エリカも不満そうに言った。 「そうですよね。満場一致で否決されたのなんて、私のとアリサさんのくらいですよ」 歴研のヤサカが溜息をつきながら言った。 「そりゃあ、ここまでセンスがないと、安心して否決できるからだな。こういう方面にだけは、進まないほうがいいよ、お二人とも」 「そこまで言いますか?」 エリカは頬を膨らましたが、ほとんどの人間は真剣に頷いていた。 |
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クレハは教壇から、階段教室の皆を見上げながら言った。 「テーマに関しては、後は明日の結果待ちです。次に、学園祭の成功要件について、話し合いたいと思います。学園祭を成功したというためには、どのような要件を満たす必要があるでしょうか」 後ろの方に座っている、経営研究会のサエリが手を上げた。 「議長、よろしいですか?」 「どうぞ」 「せっかく実行委員の方々が、これだけ力を入れているんですから、成功したかどうかを判断するための基準を設けておいた方がいいと思います。力を入れて、よかったのか悪かったのか。成功したという実感を、どのような指標で測るのかを決めておいて、それに向けて進むようにしないと、それこそ自己満足で終わってしまいますよ」 「面白そうね、それ」 アリサが言った 「たとえば、私がよかった、と思った時、とかね」 フーがそれを板書した。クレハはそれを横目で見て言った。 「みなさん、思いついたことを言ってください。出すだけ出して、後で検討しましょう」 「みんながエンジョイ出来た時」 「お客さんが大勢来た時」 「来たお客さんによかったといってもらえたとき」 「難しいですね。定義や基準が曖昧だと、結局自己満足になってしまいそうです」 クレハが腕を組んだ。サエリが手を上げた。 「5W1Hで考えてみると考えやすいですよ」 フーはそれを聞き、左側のサブ黒板に書き付けた。 『Who、What、When、Where、Why、How』と書いた。続いて、それぞれに、 『誰が、何を、いつ、どこで、なぜ(目的)、どのように』と書き足した。 サエリはそれを見て、目を細めた。 「こんなのがすぐ出てくるのね...でも、どうせなら5W2Hのほうがいいかも知れない」 ヤンが呟いた。 「金かよ」 サエリは、ヤンを見て言った。 「大当たり。フーさん、それにHow Muchを足して下さい」 フーは、『How Much いくらで』を下に足した。アリサが言った。 「全体の時には、お金は入れなくてもいいわね。個々のイベントを検討する時に使わせてもらいましょう」 クレハが黒板を眺めながら言った。 |
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「まず、誰が、だけど、今まで上がった中だと、自分たち、お客さん、第三者があがっていますね。第三者っていうのは、アリサのよ。ただ、判定してくれる第三者を選定するというアクションが必要になるし、どうやって選ぶかで、また1プロジェクト起こすようになるからパスしましょう」 「だから、あたしが判定するって...」 アリサの発言に、ノダが突っ込んだ。 「満場一致で不可欠だよ。開催者が判定して何の意味があるんだっての」 「あたしゃ、神様だよ」 クレハが苦笑した。 「いつから志村けんになったのよ。この人は置いといて、話を進めます。自分たちか、お客さんか、ね」 ノダが言った。 「難しいな...」 「とりあえず、両方で考えてみた方がよくない?」 演劇部のクロカワが言った。クレハが応じた。 「おお、ナイス。それでいってみましょう」 フーはすばやく、Whoの横に、『お客さんが 自分たちが』と書いた。 「次は何を、か。これは厄介ね。すべてはこれ次第じゃない」 「学園祭を、じゃ大き過ぎるし、個々のイベントを挙げてもしょうがないしね。」 「後に回そう」 「いつ、はいいわね。どこで、もいいでしょう。学園祭当日、ここで、だから」 漫研のアンドウが言った。 「ちょっといいかな。将来、それぞれの心の中で、って言うのもありじゃない?」 「うーん、ありだね」 フーはそれぞれを記入した。 「次は、なぜ。学園祭が成功したと判断するため、あたりかな」 「それでいいんじゃない?」 「どのように。結局、何をどのように、ってことか」 「お客さんの場合は、来てよかった、と思ってもらうことだね。その気持ちをどうやって測るか」 「はいはい、せんせい!」 ノートを取りまくっていたエリカが手を挙げた。話のスピードが落ちたので、余裕が出てきたのである。クレハが苦笑して言った。 「せんせいじゃないって。どうぞ、エリカさん」 「投票はどうでしょう。また来たい、もう来ない、ふつう、とかの投票をしてもらうんです」 「なるほど。入り口で投票用紙を渡して、出口で投票してもらうか」 「いいかも。これで検討してみましょう。ありがと、エリカ」 エリカはにっと笑い、自分の発言を含めてノートに書き取る作業に没頭した。クレハは考えながら、黒板の前を歩いた。 「お客さんに、学園祭当日、出口で、学園祭の成功を判断するため、投票をしてもらう、ということですね」 講義室内にざわめきが広がった。 「いいんじゃない?」 「わかりやすいよね」 「たいへんかも」 「すごいね、こんなの」 「こわいな」 「がんばらばくちゃ」 これまでなかったような掘り下げた追求がされているが、もういいんじゃない、という者はまったくいない。実際はどんどん自分たちのやるべきことが、厳しくなっていっているのだが、否定的なものはいない。場の空気は前向きに動いている。クレハは、あるいはアリサが正しかったのかもしれない、と思いながら、話を進めた。 「じゃあ、今度は私たちが、を考えます。将来、それぞれの心の中で、というのは、学園祭終了時点では判断できませんね。でも、捨ててしまうには惜しいので、これは学園祭の考え方の中に入れておきます。その考え方は、夏休み前に掲示して、パンフにも載せます。いいかな、アンドウさん?」 「ええ。そこまで考えてもらえれば嬉しいです」 「では、学園祭が終わるまでに、学園祭が成功したと判断するためには、何をどうするか、ですね」 「自分たちが楽しめたか、をどう測るか?」 「お客さんに喜んでもらったかどうか。あ。これはお客さんの方か」 腕を組んで考えていた経営研のサエリが言った。 「ねえ、これは一つになるわよ。自己満足でない成功って、結局来てくれた人たちの満足度でしょ?それを大きくするには、来場者が多くなきゃいけないわよね。だとしたら、こういうのはどう?」 サエリは目をつぶり、眉間に皺を寄せて、頭の中でまとめながら、一言ずつ区切るように言った。 「過去最高のお客さんが来てくれて、なおかつお客さんの満足度が、こちらの想定を超えた場合。私たちの満足度は測る必要がないでしょう。一生懸命やれば、必ず満足は出来るはずだから」 アリサは首を振って言った。 「いいねえ」 「最高!」 「納得できる」 「すごいね、これ、自分たちでやるんだよね」 「なんか、やる気が出てきちゃうよね」 「手が抜けなくなっちゃうけどね」 賛同のざわめきが広がった。アリサはサエリに声をかけた。 「サエリ、もっと前に来なさいよ。あんたの知識はとっても重宝だから、もっと使わせてよ」 「私は後ろが好きなの。ごった煮の知識だけど、役に立つなら使って」 サエリは照れている。 「経営をやるんなら、後ろに隠れてちゃあ駄目よ。前に出る癖をつけておきなさいな。まあ、無理にとは言わないけど」 アリサはクレハを振り返った。クレハは頷いた。 「5W1Hに当てはめてみましょう。二つに分かれますね。ひとつ、お客さんが、学園祭に、過去最高の人数来てくれること。ひとつ、お客さんが、学園祭で、こちらの想定を超えて満足してくれること。よろしいかしら?」 「判断基準を決めよう。人数は、過去最高の20%増し。満足度は70%。これでどうだ?」 ノダがからかうように言った。 「やけに堅実じゃないか。過去の3倍の人出に、満足度は100%くらい言うかと思ったぜ」 アリサは鼻をつんと上げ、ノダを見下ろすようにして言った。 「わたくし、こう見えても堅実ですのよ。トイレットペーパーは、必ず底値で買うし、お惣菜は閉店間際を狙っていますわ。まあ、あまりでかいことをぶちあげても、現実と離れすぎていると、やる気をなくしかねませんから。やはり、世の中ほどほどという考え方が大事ですわよね」 ノダはにやりと笑って考えた。 (ほどほど、という考え方だって?自分たちはこの夢を実現するために、あらゆる障害をぶち壊していくつもりでいるくせに。やっぱり、すごいや、こいつら。及ばすながら、やつがれもお手伝いさせていただきましょう) サエリが手を挙げた。 「もう一つ、おせっかい。実際の企業経営では、対極にコストの問題があるんだけど、これはどうします?学園祭の場合、使用可能な資金は限られていると思うんですが」 「もちろん、学園として、学園祭予算は決まっています。後はスポンサー探しや、カンパですね。出来ると思われるものは、既に検討に入っています。OGへのカンパ依頼は、今回だけの話にしてはまずいと思います。今後も続くことを考えると、あまり法外なお願いは出来ないでしょう。一口千円くらいで考えていますが、総金額が読めないため、予算には組み込まないつもりでいます。スポンサー探しでは、お金だけでなく、物やサービスの提供も視野に入れています。こちらで考えている内容について、次回お話ししましょう。現時点では、まとめたものがありませんので」 「隙がないね、どうにも」 サエリは呟いた。ノダもその呟きに頷いた。 |
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