白の魔歌 〜大学祭〜 p.5
魔歌 | 大学祭・目次 | back | next |
★ 企画会議 |
「まだ、時間はありますね。きょうはここまでかと思ったんですが。皆さん、きょうはここでお開きにしますか?それとも、企画についての検討に入ってもよろしいですか?」 全員が、続けることを希望した。クレハはにっこりと笑って、議事を進めた。 「成功の要件を満たすためには、来客を増やし、さらに充分に満足してもらう必要があると言うことになりました。それでは、来客を増やすためにはどのようなことが考えられるでしょうか」 「展示やイベントで、客引きによさそうなのはないのかね。宣伝に使えば効果がありそうなやつ」 アリサが言うと、サエリが苦笑しながら言った。 「相変わらず表現が下品ね、わかりやすいけど。まず、コンサートなんかが定石ね。お金がかかるけど」 ミーハー研究会のケイが割って入った。 「あら、それならドグ・ラ・マ・グラなんてどうかしら。多少の伝手があるわ。地元なんだけど、知る人ぞ知るっていうグループで、メジャーデビューもうわさされてる、実力のあるグループよ」 賛同の声が上がった。 「知ってる、知ってる」 「カタコンベで時々ライブしてる」 「それでは、そのあたりはミーハー研究会と詰めていきましょう」 華道部のサイバラが挙手した。 「ミサなんてどうかしら。中にはキリスト教に興味があるけど、宗教を怖がってなかなかみられないって言う人もいるみたいだし」 ラジコン研究会からも提案が出た。 「さっきもラジコンって出たけど、ラジコンカーレースなんてどう?この学校のメリットは人里はなれた山の中の静かな環境でしょ?周辺から文句も出ないし、なかなか集客力あると思うンだけど」 「子供ばっかり集まるだけじゃないの?」 アリサが言うと、サエリがフォローした。 「子供も立派なお客だし、子供だけで来やしないわ。子供が喜べば、一緒に来た親も喜んでくれるわよ」 質問も出た。 「他の大学とのコラボレーションはどうなの?」 「もちろん、OKです。ただし、責任はそれぞれに持っていただきますけど」 クレハは全体を見て、話を続けた。 「このほかに、現在、既に考えられている企画があれば、あげて下さい。とりあえずの学園祭の規模を把握してみたいのです。予算取りやスポンサーについても、これがある程度形になっていないとやりにくいので、お願いします」 「教室の展示企画もあげた方がいいですか?」 「例年行っている、各サークルや主催者の人と予算の範囲内で出来るものは、あげないでください。教室以外の企画や、例年にないような予算や人手が必要なものは上げてください。まあ、怪しいと思うものは挙げてくださって結構ですよ」 企画案が上げられ始めた。フーの板書を待っている人間が出てきたので、ヤンが立ち上がり、右のサブ黒板のところに行って、そちらでも企画案を聞き始めた。 |
![]() |
アリサはサエリのところに歩いていった。 「サエリ、大勢のお客さんに来てもらうためには、集客力のある企画が必要よね」 「ええ。しかもその企画を宣伝して、周知してもらわないと意味がないわね」 「お願いがあるんだけど」 「わかったわ、引き受ける」 「まだ何も言ってないって」 「引き受けるから。何?言って」 「あんはんも、相当、無茶いわはりますな。あての要求があんさんの処女をいただきたい、ちゅうことやったら、どないしはりますの」 「いいよ。あんたなら、ちゃんと考えがあるんだろうから」 「こりゃ、どうにも惚れられたね」 「で、何?」 「経営研究会のメンバーと、その集客力のある企画について検討させてもらいたいのよ。みっちりと」 「わかった。いつにする?」 「軽いな...少し考えさせて、くらい言わないと。明日はどう?」 「いいわ。時間は4時以降かな?教室をとって、後で連絡する。そちらの人数は?」 「たぶん、6名。ひょっとしたら、もう少し増えるかも」 「余裕を見とくわ。じゃあ、よろしく。楽しみにしてるわ」 「こちらこそ!」 アリサはぶらぶらと実行委員の席に戻ってきた |
![]() |
企画は次から次へと考え出されている。占いにガーデニング講座、ドールハウス入門に映画上映。演劇にフリーマーケット、イラスト講座にラジコンカーレース、折り紙教室に自動車メンテナンス、水彩画教室、etc.、etc.。 一つの企画案から、また次の案が膨らんでいくので、果てしがないようである。アリサとクレハは顔を見合わせた。 「これを全部ですか、アリサさん」 「やるつもりですわ、クレハさん」 「ほんと、死にそうね」 「望みどおり、いや、望み以上だわね」 「まだまだ。これから、このアワブクに実体を与えていかなくちゃならないんだからね」 「でも、この泡はけっこう地に足がついて出てきているわよ。それぞれのサークルで、前向きに考えてくれているし」 「そうだな。こっちでしなくちゃならないのは、お膳立てだな。内外との交渉や、実現方法の立案、予算の分配あたりをやっていけばいいか」 |
![]() |
フーとヤンは、あがってくる案件を板書している。エリカが立ち上がって、近づいてきた。 「クレハさん、皆さん忙しいようじゃないですか。私はテニス同好会に入ってますけど、サークルの方はそれほど手伝うことはないみたいなんです。当日はテニススクールをやるんですけど。委員会の方で、お手伝いできることはありますか?」 「ええ。山ほどあるわよ。ぜひお願いしたいわ」 「きれいなお姉さんは、何人いても困らないのよね。今日の最後に、実行委員の手伝いをしてもらえる人を募集しましょう。校内にも募集のポスターを貼って、人を集めることにするわ。美術部か...漫研のほうがいいかな。アンドウさんにお願いしてみましょう」 「エリカさん、じゃあ、あの板書を紙に写して下さる?あの二人は板書のほうで手一杯のようだから」 「わかりました。ノート取りは得意なんです」 「...後で、講義のノートもお借りしたいわ。けっこう、サボってるのもあるから」 「私的な交渉事は後にして、アリサ。こっちは、あの提案の肉付けを、ここである程度しちゃいましょう。面と向かっての方が絶対に早いから」 クレハはまた前面に出て、提案者との応酬を始めた。 「じゃあ、エリカ。頼んだわよ。当てにするからね、いっぱい」 「ええ。すごく、楽しくなってきました。自治会室に行けばいいですよね」 「待ってるわよ。じゃあ、ノート取り、よろしく」 「ラジャ」 エリカはノダの隣りに戻って、ものすごい勢いでノートを埋め始めた。アリサは実に優雅な足取りで、教壇の上へ上る。 「...でも、本来なら野外劇の方が、イメージには合いますよね。とりあえず、噴水公園の野外舞台を考えませんか?雨が降ったら講堂の舞台を使うとして。メインの背景は、布を大きくたるませれば、感じが出るし、天候次第での準備もやりやすいでしょう。せっかくだから、思い切ってやってみましょうよ」 クレハが演劇部の演劇について話している横で、アリサはラジコン同好会との話を引き受けた。 「音がけっこうするでしょうから、裏手の山側の庭がよさそうですね。現在用意できるコースの長さと構成について、検討してみてください。実際に裏庭を見て、イメージして見るようにして下さい。ラジコンカーというのは、何で動くんですか?ガソリン?バッテリーですか。その準備も余分にしておいたほうがいいですね。充電するタイプ?じゃあ、電源が要りますね。外まで引けるような長いコードが必要か...できれば屋外用の奴。あるかどうか、総務の方に聞いてみましょう。とりあえず、そんなところですか。では、詳細の検討をお願いします」 アリサはメモをとりながら話を進めている。ラジコン研究会が終わり、次のサークルの話を聞く。 「ゲーム研究会では何を企画されるんですか?ゲーム大会?テレビゲームの?持ち運びできるハンディ機。なるほど、人気ソフトがあるので、それで大会をするわけですね。他には、ボードゲームやトランプなどができる場所を設けて、メンバーが相手をすると。ゲーム機は電池を使うんですか?単三電池ですか。保ちはどうでしょう。その準備もしたほうがいいですね。きっと、なくなってしまう子がいるでしょうから。無償提供はまずいから、儲けはなしで売るという形で。近くの河合電気さんに、預託をさせてくれるかどうか聞いてみましょう。その前にホームセンターとかで平均的な販売価格を確認して、なるべくそれに近い価格で入れられるように交渉しましょう。一緒に河合電気さんに伺いたいんですけど、よろしいですね?あそこはけっこううちの学生も買い物をするから、思い切り負けてもらいましょう」 クレハもアリサも疲れを知らず、話を続けている。後ろのほうでは、それぞれ集まって企画をまとめている。ものすごい騒がしさだが、不快を感じないのは、無駄な話がないからだろうか。ばらばらの話をしながら、全体が一体感を持って、集中して話し合いをしている。企画の大筋が次々に出来上がり、さらに肉付けされていく。あくまで実現可能なことを考え、さらに不可能を可能にするように話が進んでいる。時間が経ち、自動車部との話をまとめ終えたアリサが声をあげた。 「みなさん、そろそろ時間になります。申し訳ありませんが、企画案については持ち帰りいただき、更なる検討をお願いします。ある程度まとまったら、自治会室の方にいらして下さい。細かい点について、話し合った上で、順次スタートさせていただきます」 クレハも話をまとめ終え、言葉を加えた。 「夏休みにに入ると、いろいろ活動がしにくくなるので、その前にスタートを切っておければ、先が楽になります。できるだけ、7月前にスタートできるよう、検討をお願いします。雌狐さんたち、よろしくお願いしますね」 期せずして、拍手が沸き起こる。エリカも手を叩いていた。クレハは少し戸惑ったようだった。 「ありがとう。それから、実行委員からのお願いがあります。サークル等の催しで手がいっぱいでない方に、実行委員の手伝いをしていただきたいんです。手伝っていただける方は、自治会室の方に来ていただければけっこうです。山ほどのお仕事をお分けしますので。これは、校内にも募集のポスターを貼りますので、今日来ていないお知り合いの方がいたら、声をかけていただけると嬉しいです。アンドウさん、後で募集のポスターについてお願いしたいので、よろしくお願いします」 漫研のアンドウは微笑んで片手をぴょこぴょこ振った。 「それでは、これで第3回の実行委員会を終わりたいと思います。本日も長い時間ありがとうございました」 メンバーは、皆話をしながら出て行った。このままみんなで飲み屋や喫茶店に行って、企画を練ろうとしている者たちもけっこういるようだ。すっかり気分が盛り上がっているので、このまま家に帰りたくないのだろう。講義室には、実行委員とエリカだけが残っていた。 |
![]() |
皆が出て行ってから、エリカはようやくノートをまとめ、そのノートを持ってアリサとクレハのところにやってきた。 「けっこうバラバラだから、まとめる必要がありますね。これから、まとめてしまいますか?」 「時間は大丈夫?」 「とりあえず、まとめ方を決めて、一つだけまとめてしまいましょう。残りはそれに習ってまとめてきます」 「そんなことお願いしたら...」 「ノート取りは得意なんです。大丈夫ですよ。パソコンでまとめて、もって来ます。自治会はパソコンありましたよね」 「ええ、あるけど...一人で大丈夫?」 「一人の方がやりやすいですから。きょう板書された企画は20個くらいだから、そんなに大変じゃありませんよ。それほど細かいわけじゃないから」 「じゃあ、お願いしよう。自治会室に行くわよ」 最後の言葉は委員会メンバーに向けてのものだった。 「おう」 「はい」 「忘れ物はないわね」 それぞれに資料だのなんだのを抱えて、エリカを含めた5人はぞろぞろと出て行った。4時間ノンストップの打合せにもかかわらず、実行委員のメンバーは、まだまだ余力が残っているように見える。 「みなさん、お元気ですね」 ヤンがじろりとエリカを見る。アリサが答えた。 「体力重視で選んだからね。頭はともかく、体力勝負なら、まず負けないわよ、このメンバーは」 「いいえ、頭の方は、さっき板書されているのを見た時に、よくわかりました。あれだけ好き勝手なことを言われているのに、とても簡潔に書かれていましたから。私は、ほとんど書き写すだけで十分でした」 「へえ。ほとんど、ってことは、エリカさんの直しも入ったってことね」 フーが皮肉っぽく口を挟む。 「ええ、後でわかりにくくなるかなって思ったのがいくつかあったんで、書き加えました。自治会の方ならわかるんでしょうけど、私が清書する時に不安なので」 「フー、お行儀が良くないね。まあ、そこまでわかるんなら、任せても大丈夫だろう」 ヤンが言った。 「ヤンにお行儀を注意されちゃあ、フーも終わりだね。まあ、フーはけっこうプライドが高くって、つい言わないで言うことを言っちゃうのよ」 アリサの言葉に、エリカはきょとんとした。 「言わなくていいこと?」 「やっぱり、あんたはネジが何本か足りないね。アリサさんと一緒だよ」 ヤンが言った。アリサは前を歩いていたが、ヤンを振り向いて優しく言った。 「ヤン? それは誉め言葉よねえ」 ヤンは首をすくめた。一行は、古びた木の扉の前にたどりついた。アリサは荷物を抱えたまま、扉に肩を押し当てた。 「ここが私たちの城よ。死んでる城じゃない、生きてる城。私たちはここで、毎日いろいろな戦いを想定し、戦略を練って、そしてここから打って出るの。」 アリサはぐいと肩に力を込めた。軋るような音とともに、扉が開く。 「ようこそ、戦友」 アリサは手前のテーブルの上に資料の山を置き、電気を点けた。物があちこちに置かれた部屋の中は、しかしきちんと片付いていた。机の上には花が活けてある。 「とりあえず、まとめをしてしまいましょう。エリカ、ここに来てくれれば、誰かがいるから。来てくれるのを楽しみにしてるわ」 アリサが手前に座り、ヤンは奥の椅子に腰掛けた。フーはコンピュータの前に座り、クレハはその近くに座った。エリカも。目の前の椅子に座り、ノートを開いた。 「映画研究会をまとめると言うことでいいでしょうか。ここは借りた映画の上映があるし、映画関係のパンフレット等の販売や、展示を考えています。ここをやっておけば、かなりのイベントがカバーできると思いますので」 「いいでしょう。で、どういうアプローチをとる?」 アリサが身を乗り出して、ノートを覗き込んだ。エリカはノートを指差しながら、提案をする。アリサとヤンは、それに対して確認し、それをフーがパソコンに打ち込んでいく。クレハは腕を組み、足を組んで、それを眺めている。外はもう真っ暗だが、この部屋の灯りは煌々と明るく、闇に沈んだ学園の中でそこに人間たちがいることを示していた。 |
魔歌 | 大学祭・目次 | back | next |