微量毒素

白の魔歌 〜大学祭〜 p.6


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★ 花の道

「はい、白鳥です」

 エリカは硬い表情で、鳴り出した電話に出た。

「エリカさん? イガです。帰りが遅いね」

「ああ、イガさん。どうしてわかったの?」

「30分置きに電話してたからね。もう11時近いじゃないか」

「学園祭の打合せがあって、その後、みんなとご飯を食べに行ったので」

「声が固いな。相変わらず電話は嫌いなんだ」

「ちょっとね」

「あまりかけないほうがいいか。じゃあ、また今度」

「あれ、用件は?」

「特に何もないから。声は元気だから、悩み事もないんだろ。実行委員の方は?」

「...うん。とっても面白い」

「だろ? たっぷり楽しむんだよ」

「うん...ありがと、イガさん」

 電話線越しに、照れた気配が伝わってきた。

「よせやい。じゃあ、また機会があったら」

「うん。さよなら」

 電話が切れた。エリカは知らず知らず、微笑んでいた。しばらく空電の音を聞いて、受話器を置く。

「イガさんから電話、か」

 エリカは立ち上がり、机に向かった。もちろん、きょうの打合せ結果をまとめるためである。もう少しかかりそうだが、まとめ方は決まっているので、力仕事だ。エリカも、力仕事は苦手じゃない。エリカはキ−ボードを打ち始めたが、少し首を傾げ、小さな音で音楽をかけた。ジャズピアノの旋律が、部屋の中に広がる。エリカは音楽を聴きながら、とても楽しそうに入力を始めた。


 アリサは、クレハを連れて、カーデニング研究会の部室に入った。

「こんちはー」

 中にいた、眼鏡をかけた女の子が顔を上げた。

「あら、アリサ。きょうは何?」

「アカネったら、実行委員会に来てくれないんだもの」

「ああ、うちは大したことはしないから出なかったんだよ」

「実行委員のクレハと申します。きょうはお願いがあって参りました」

「こんにちは。リーダーのアカネです。どういうご用件ですか?」

 クレハが切り出した。

「学園祭に向けて、こちらでやっていただきたいことがあったので、伺いました。こちらにお願いするのがいちばんふさわしいと思いましたので」

「やってほしいこと?」

「花の道を作るの。街から学校まで、ずっと」

「花の道?」

「アリサ、先走らないで。この学校は、中心街から随分離れていますよね。学園祭に来ていただくお客様は、長い道をバスか自動車、ひょっとしたら自転車や徒歩で来ていただくことになります。おわかりだと思いますけど、ここまでの道は、市街を抜けるあたりから、とても殺風景になりますよね。開発途中の場所も多いし、見て心地よいものじゃありません。そこを、花で埋め尽くしたい、というのが、私たちの希望です」

「そりゃあ、面白そうだけど、難しいでしょ?空いてる所にぱらぱらっとあるだけじゃ、花の道って感じじゃないし。だいたい、道路に勝手に花を植えることなんて出来ないでしょ?」

「あたりまえじゃない。考えてるのは、もっと景気よく、どあー、っと花が咲き誇っている風景よ。そうでなきゃ、インパクトがないじゃない」

「アリサ、簡単に言うけど、出来ないわよ。住宅街もあるし、道路だって使えないし。どうしたって、そんなふうにはならないわよ」

「それを出来るにはどうすればいいかをご相談させていただきたいんです」

「でも...」

 渋るアカネに、アリサは言った。

「学園祭で、ガーデニング研究会は何をするつもりなの?」

「校内の花壇に花を咲かせて、花の苗を売るつもりよ。まあ、例年通りね」

「もっとすごいことをやってみたくない?」

「それが花の道? だから出来ないって。無理よ。正気の沙汰じゃないわ」

「できない理由なんて、本気でやるつもりになればつぶせるわよ。あたしたちは成功するまでやるつもりだから」

「信じられないけど、本気で言っているのね、あなた」

「でも、私たちは素人で、アイデアも限られています。実現のためにはあなた達の助けが必要なの。協力して下さい、お願いします」

 それまで黙って聞いていたガー研のメンバーの一人が口を挟んだ。

「アカネさん、面白そうじゃないですか。全部は無理でも、出来るところにやるだけでも」

「まったく無理なら検討するだけ無駄になるので、役所に伺ってみたら、計画次第では許可してもいいと言われました。いくつかの要件を満たして、申請が通るようなら、道路沿いに花を植えることは出来るそうです」

「事前に確認してきたんだ...」

「開発地が多いので、そのあたりなら植えられそうだと思ったので。市役所の中を、1週間くらい彷徨った結果ですけど」

「よくある盥回しよ。でも、粘りに粘って、開発中の場所については内諾をもらったの」

 アリサは嬉しそうに話を続けた。アカネは首を振った。

「よくやったわね、そんなこと...」

「花の道よ、花の道。しつこく何度も伺って、すっかり理解してもらったわ。青図ももらってきたから。ここなら、植えても構わないって場所を特定してもらったわ。そうしたら、学校から3キロ圏なら、全体の30%は使えそうなの」

「そこまで...」

「3キロの30%だから1キロ。往復で2キロ。1日50メートルなら2000割る50で40日。40日あれば、一通りは出来るのよ。ねえ、これは多少現実的じゃない?」

「アリサ...」

「あとは、花をよく知っている人たちの助けを借りたい。ねえ、手伝ってもらえないかしら」

 アリサはアカネを真正面から見据えた。希望に満ちた、澄んだ瞳。アカネはその目を真っ向から受けた。

「あんたって、馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、本当に馬鹿だったのね」

「いやん、照れるわあ」

 アカネはそこにいるメンバーを見回した。

「ねえ、今の話、どう思う?」

 一人がためらいながら話し出した。

「ものすごく、きついですよね。40日ったって、そうそううまくはいかないし、一度やったところも見て回らなければいけないし」

「そうね」

 別の一人が言った。

「30%じゃあ、とても花の道なんて言えないし」

「本当にね」

「植える花も用意しなくちゃいけない。夏休み前から植え初めて、夏休み明けの実質2ヶ月弱、地獄になりますね」

「そうよね」

 アカネは頷いた。そして、向き直って言った。

「気付かなかったけど、あたしも馬鹿だったみたい。やりましょう。ただし、距離は学校から2キロ。中央分離帯は?」

「大丈夫。使ってもいいって」

「合わせて6キロね。こう見えても、幽霊メンバーが結構いるから、呼び出しをかけて、参加させよう。この計画、絶対実現してみせるわ。やらせてみて、私たちに。やってみたいの」

「花の道かあ...すてきだわ...」

 他のメンバーも、うれしそうに話し始めた。

「たいへんだわ、これは...」

「よっしゃ。計画を考えましょう。道沿いのお家にもお願いして、場所を提供してもらったり、畑や空き地は地主さんに交渉して、一部に花を植えさせてもらったりすれば、イメージに近づくわ。そうそう、急いで花を選ばないと。みんな、めちゃくちゃ忙しくなるわよ」

「やりましょう」

 ガーデニング研究会の部室は、一気に盛り上がった。アリサとクレハは顔を見合わせて微笑んだ。クレハがみんなに声をかけた。

「ありがとう。何か問題が起きたら、私たちに言って下さい。何とかしますから」

「とりあえず、ここ2-3日のうちに計画を作ります。いろいろ相談することが出てくるだろうから、こちらから押しかけるわよ。覚悟して待っててね」

 アリサは親指をたてて前に突き出し、言った。

「よろしく!」

「よろしく!」

 間髪を入れず、声が返った。アリサとクレハは、希望に満ちた笑みをうかべ、ガーデニング研究会を辞去した。


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