白の魔歌 〜大学祭〜 p.7
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★ とにかく、知名度を上げるべきこと(1) |
そろそろ西日の射し始めた教室の中で、十数人の学生が、思い思いの格好で資料を見ている。実行委員からはフルメンバーの4人と、エリカと、それとなぜかノダが参加している。経営研究会からはサエリとほか2名がきている。サエリが現状についての、相互の確認をとっている。 「昨日、学園祭実行委員会において学園祭の成功要件を決めました。その際、要件の一つとして、外部からの訪問客を大幅に増やすということが挙がりました。仮目標として、過去の1.5倍を超える動員数という事が上げられています。その目標達成のために、実行委員長から、集客力の向上について、我々経営研究会の知恵を借りたいという話があって、関係者に今日集まっていただいたということです」 経営研究会の、あごくらいの長さで、髪をふわふわにふくらましている子が、資料にがりがりとしるしを付けながら、サエリに質問した。 「成功要件には、他に何が上がっているんですか」 「ああ、来客の満足度があがっているわ、キャアコ。この2つだけ」 「きゃあ、満足度は測るのが難しいですね。数値化に苦労するところですから」 アリサはクレハをつつき、小声で囁く。 「普通の会話の流れで、ほんとうにきゃあという子を初めて見たわ」 「本人、意識してないみたいだし」 「おそるべし、経営研究会」 こそこそ喋る二人を気もかけず、サエリはキャアコに言った。 「これは昨日、測定ツールとして満足度アンケートを仮置きしているわ。エリカさんの提案ですよね」 昨日参加したものは、皆頷いた。もう一人の経営研メンバーが言った。 「まあ、良さそうですね。アンケートは定番です。幸い、うちの学校は出入り口が一つしかないから、そこで張っていれば、かなりの回収率が望めますから」 「これも後でもう少し詰めましょう。ガチャ、考えておいて」 「了解です」 ガチャと呼ばれた少女は、異様に大きな筆箱を開いて、がちゃがちゃとかき回し、赤鉛筆を取り出して、資料に何か書き込んだ。アリサはクレハに小声で囁いた。 「まさか、がちゃがちゃ音を立てるからガチャじゃないでしょうね」 「ヤンキーのヤンと、カンフーのフーを命名したあなたが言えるの?」 「言えるわよ。こっちは体を名で表す、センス溢れたネーミングじゃないの。あっちはそのまんまじゃない。しかも、擬音よ」 聞こえないように喋っているつもりだったが、次第に声が大きくなっていたらしい。サエリが顔を赤くして咳払いをした。 「放っといて下さる?議題とずえんぜん関係ないしね。あー、用事を思い出しかけたような気がしてきたわ」 ノダが苦笑して言った。 「ほんと、放っときなよ。この二人の漫才に付き合っていたら話が進まないからさ。会長のセンスのなさは、あんたも昨日見て、よく知っているだろう」 エリカが居心地悪そうにもじもじして、咳払いをした。 「あー、ごめん。エリカも昨日言われたんだっけ」 ノダが笑い、サエリも笑顔を見せた。 「大丈夫、気にしてないから。ちょっと、失礼な二人に杭を刺しておこうと思って」 「せめて釘にしてくれよな」 アリサはぶつぶつと言った。サエリはアリサを無視して話を進めた。 「それでは、学園祭の集客力をあげるための戦略について、検討してみたいと思います。経営研究会の中で、現在挙がっている企画に関して、アプローチの仕方の案を考えてみました」 「いつやったの?お願いしたのは昨日なのよ?」 アリサが驚いて尋ねた。サエリは、にやりと笑って答えた。 「きょうの朝からよ。昨日のうちに連絡して、来れる人間に朝から来てもらって打合せをしてたの。途中、授業があれば抜けて。うちは、授業のサボりは許してないからね。その時々で、集まれる人間だけ集まって、やってたの」 キャアコが不満げに口を挟んだ。 「午前なんて、2時間も私一人だったんですよお」 「文句は講義割りに言ってよね。でも、キャアコが頑張ってくれたから、かなり形になったのよ」 「それはそれは、ご苦労様です。クレハ、もうちょっと私たちも、時間の使い方を考えた方がいいわね」 「それでは、検討に入りましょう。初めのページが、おおまかな分類で、それぞれのアプローチの案をまとめてあります。まず、ここからレベル合わせをしていきます」 アリサが手を上げてサエリを止めた。 「ごめん。黒板を使おう。みんながそれぞれの資料に書き込む形だと、総意が合っているつもりで、違った理解をしちゃう可能性があるから。板書―検討―ノート取りの3度手間になっちゃうけど、後でこんなはずじゃなかった、になると嫌だから」 「なるほど。うちは効率を考えて、いつも資料ベ−スだけど、レベル合わせなら、その方がいいのね。勉強になったわ。板書は...」 「俺がやる」 ヤンがガムを噛みながら立ち上がった。1ページ目の内容を、黒板に書き出す。 研究室発表 サークル展示(研究発表、作品) サークル企画;イベント サークル企画;ホビー教室 教職員企画 ゲリラ企画 ガチャが腕組みをして言った。 「単純にお客さんを呼べそうな企画は、イベントと、ホビー教室ですね。後は、アプローチの仕方によります」 「まあ、上からやっていきましょう。それが一番早道だから」 クレハが言った。サエリが額を押さえて、資料に見入る。 「そうですね。それでは、次のページを開いてください。昨年の研究室発表です。とりあえず、これで検討してみましょう」 研究室発表については、詳しい話は研究室の人間に確認しなければわからないが、内容によっては専門の学術誌に開催のお知らせのようなものを出すことが出来るかもしれないということで、各研究室に確認をとることになった。 サークル展示については、これまでもサークルによっては専門誌等にイベント紹介などをやっている。その考え方を、今までそのようなアプローチを取ったことがないサークルにも知ってもらい、積極的にアピールしてもらうことにした。イベント企画、ホビー教室についても同様である。専門誌のイベント紹介の投稿は、掲載までのリードタイムが長いので、すぐにでも実施しないとまずい。早々に、全サークルに動いてもらった方がいいということになり、アリサの提案で、打合せを一時中断して、全サークルに連絡することになった。 「口頭連絡だけじゃ、サークル棟にいないサークルがあるとまずいわね。ガチャ、粗案をお願い」 「おっけーぃ」 サエリに言われ、ガチャは新しい紙を出して、筆箱をかき回してデザインペンを取り出し、下書きもせずにいきなり書き始めた。途中、手を迷わせることもなく、がじがじと書き上げ、掲げて見せた。「外部広報に関する連絡書」というタイトルで、必要な要件は全て入っている。 「タイトルが少し堅いかな」 ノダが呟くと、クレハが言った。 「柔らかいと、お知らせぐらいに考えてしまう人が多いから、これぐらいの方がいいと思うわ」 サエリも頷く。すると今度は、連絡書をじっと眺めていたアリサが紙の左下を指して、言った。 「このあたり」 皆が注目すると、アリサは続けた。 「が、さびしい」 「おいおい」 ノダは苦笑したが、ガチャは今度はサインペンを出して、ぎゅっぎゅっと何か描き足した。再び掲げる。画面左下の空白に、左手を差し出したかわいい熊の子が描いてある。アリサはうなった。 「むむっ」 「すごい。何で下描きもなしで描けるの」 エリカが聞くと、ガチャはにっと笑って言った。 「漫研にも入ってるんで」 「漫才研究会?それと何の関係が?」 エリカが言うと、ガチャは突っ込んだ。 「漫画研究会だわい!」 「くそー。こりゃ一本取られたわ」 なぜか悔しそうにアリサが言った。けっきょく直すところもなく、それをコピーして、手分けして全サークルを回り、説明した。30分ほどで回り終わり、連絡のつかなかった数サークルについては、打ち合わせ終了後に、また実行委員が行ってみることになった。 |
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サークル企画のイベントは、学園祭の目玉的な要素もあり、もっとも集客が望める。費用がかかり、サークルだけでは実行できず、学園の予算としてとられるものもある。これらについては、学園祭としての紹介でも、出来るだけ触れていくようにすることにした。 さらに、フリーマーケットは、役所のイベント案内コーナーでも、学園祭のそれとは別に紹介させてもらうよう、お願いする事にした。その方が、一般の人の目にもとまりやすくなるからである。 個別の検討では、たとえばコンサートについては、決まり次第、ライブハウスやディスコ、喫茶店などにもポスターを貼らせてもらうように運動する。 ラジコンカーレースも、市内の小学校にポスターを貼らせてもらえるようにお願いし、児童館や図書館など、子供の集まりそうなところを捜して、お願いして回ることにした。 「家族で来てもらうんですよね。じゃあ、市内の企業さんの掲示板にも貼らしてもらえるようにお願いしてみませんか。お父さんたちがそれを見て、子供たちを連れてきたくなるかもしれませんよ」 エリカが口を挟む。これも同意を受け、アダルト層の攻略も、ターゲットの一つに数えられることになった。 *** サエリ以下、経営研究会のメンバーは、実行委員の考えている「これぐらいはやってみよう」のボリュームに圧倒されていた。 「ねえ、アリサ。あんたたち、本当にこれを全部やるつもり?」 「もちろんですわ、サエリ様。その気になって、出来ないことはありませんことよ」 「提案したいんだが、協力者を募るべきだね。月に一回くらいずつ、期限付きでヘルプをしてくれる人を募るというのはどうだろう。それなら参加しやすいから、手伝いに来てくれる人が増えると思うんだけど」 アリサの表情がぱっと明るくなった。 「ああ、それだわ。ずっと手伝うのはどうも、って退いちゃってる人を参加させるのに、どうしたらいいかをずっと考えていたの。サエリ、ありがと。さっそく持ち帰って検討してみる」 「だ・か・ら、持ち帰るな、っていうのよ。ここで検討しましょう。私たちも検討を手伝うからさ」 エリカがまた突っ込んできた。 「ねえ、先生たちも手伝ってもらいましょうよ。きっと、小娘たちじゃあ気がつかないようなところを指摘してもらえるんじゃないかと思うんです」 「うん、それもありだな。次の教職員会議でお願いしてみる。じゃあ、サエリさん、教職員も含めた、全学園で協力メンバーを募る方法について、検討させてもらうよ」 「まず、たたき台を作りましょう」 サエリは立ち上がって、黒板のところに行き、書き始めた。アリサが提案した。 「タイトルは、「一時雇い労働者の募集」だな」 「だめ。小さな単位でかまいません。あなたの力を貸してください、にする」 サエリはどんどん書き続けていった。検討した結果、期間は2種類にすることにした。長期が2週間、短期が3日。継続はもちろん自由で、途中で抜けるのもあり。とにかく、縛りはできるだけ設けない。やってもらう業務は、なるべく単位毎にまとまるようにして、ひとつずつ片付けていけるようにする。これは、さっそく、明日から掲示することになった。教職員については、勝手に決めるわけにも行かないので、教職員会議の提案時に、ある程度のやり方を決めることにする。これで、全員参加の目標に、より実質的な手ごたえが加わることになるだろう。 |
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「ホビー教室がけっこうあがっていましたね。適切な媒体で宣伝すれば、けっこうな集客力になると思います。それぞれのサークルと相談して、雑誌などで広報するのもいいかもしれません。」 サークル企画のホビー教室は、専門誌より、市内に宣伝した方が効果がある。それぞれ、サークル員の出入りの店があるわけだから、そこに宣伝をお願いするのと、市民サークルへの働きかけも効果的と思われる。それぞれについて、各サークルにお願いし、宣伝計画を作ってもらう。漫然とやっていては、これまでと変わらないので、これを目標に励んでもらうことになる。 サークル関係の企画については、だいたいの目処が立った。次の項目を見て、アリサは頭をかきながら言った。 「教職員企画はねえ、あまり期待してないんだけど。それとなく内容を確認して、お客が呼べそうなら考えてみるわ。その時はまたお知恵を拝借させていただきますね」 サエリも言った。 「そうね。ゲリラ企画も、アピールは出来ないわね。ハプニング要素の大きいものだから。これも、とりあえずは考慮外としましょう」 「あの、あたし、やるんですけど」 いきなりのキャアコの発言に、サエリはとまどった。 「はあ?」 |
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「その、ゲリラ企画。申請してるんです」 フーが考え込み、ぱっと顔を上げて言った。 「あった、あった。今年はまだ1件しか出てない。あれ、キャアコさんなんだ」 「まさか、あの引出しお姉さん、って奴か?」 ヤンも呟く。 「尋常なもんじゃなさそうだから、説得してやめさせようと思ってたんだが」 「きゃあ、ひどいな。ちゃんと考えてるんですよ。やりますからね、あたし」 キャアコはあくまで意思を貫徹するつもりらしい。アリサは興味をそそられて聞いた。 「ね、何なの?その引出し親父って」 キャアコは威厳を持って返答した。 「引出しお姉さんです!内容は、秘密です。ゲリラ企画ですから」 フーが心配そうに言う。 「ねえ、それ、倫理コードに引っかかんないでしょうね」 「何言ってるんですか。あたしたちは夢を配るんです!」 「夢ねえ...まあ、まともな部分が少しでもあれば、やってもらっても全然構わないんだけどね」 フーはあくまで懐疑的である。 「レオタードに着ぐるみってのがなあ...」 「きゃあ、言っちゃ駄目ですよ、ゲリラ企画なんだから」 「何よ、何なの、それ」 ガチャが興奮して筆箱をかき回す。一同、騒然としかかったところで、キャアコが宣言した。 「これ以上、何も話しません!これはゲリラ企画なんですから。当日を楽しみにしてください!」 渋々この話をやめた一同だが、頭の中にはピンク色の疑問符が渦巻いていた。気を取り直し、サエリが言った。 「ええ、これで一通り全体の検討が終わりました。もう一度、全体を通して確認します。疑問等があったら、遠慮なく言ってください。まず、研究室発表からまいりましょう」 |
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話はどんどん進んでいたが、時計を見てキャアコが言った。 「きゃあ、もう6時半ですよ」 「もうそんなに経ったか。何、キャアコ、今日用事でもあった?」 サエリが訊くと、キャアコは言った。 「いえ、2時間以上この調子で来てますから、そろそろ休憩を取って脳をリフレッシュしたほうがよくありませんか?」 ノダが伸びをして言った。 「賛成。ちょっと脳の襞を伸ばしてこようぜ」 「ノダさんの脳味噌に、皺なんてあるのかしらね」 「脳味噌って、焼きプリンみたいな感じなんだって?」 ノダが趣味の悪い雑学を披露すると、エリカが真面目に受けた。 「食べたこと、ありませんから」 「誰が食べるか、そんなもん!」 「でも、西の方では羊の脳味噌を山積みにして食べるって聞きましたよ」 ガチャが言わなくても言いことを言って場を煽る。アリサが答える。 「西って、大阪とか京都とか?」 「違います!アラビア方面です!テレビで見たんですけど、食べた日本人はまずいって言ってましたよ。確か、所ジョージさんだったと思ったけど...」 よせばいいのに、フーも乗ってきた。 「中国のお猿さんの話は知ってる?」 サエリほか、数名が蒼ざめた。どうやら知っているらしい。 「お猿さんが脳の話と関係あるんですか?」 と、エリカ。知らないらしい。フーは知識を人に分け与える嬉しさで、得々と喋りだした。 「いや、中国って世界最大の美食の国でしょ?そこでの最高の料理のひとつに、サルの脳味噌があるのよ」 「うええ」 「それがね、その料理のすごいところは盛り付け方なのよ」 「料理法や味付けじゃなくて?」 「うん。真ん中に穴のある、特別なテーブルがあってね」 サエリほか数名から抗議の声があがった。 「やめましょ、この話」 エリカとヤン、アリサから抗議に対する抗議があがった。 「ここまで聞いといて、やめられるかよ」 「気になる。気になって眠れない」 「気になります。何でテーブルに穴が?」 フーが嬉しそうに続けた。 「穴の大きさはね、ちょうどお猿さんの首のサイズなの」 聞きたがっていた3人も凍りついた。 「それで、テーブルが開くようになってて、生きたままのお猿さんの首を、そこに嵌め込むの」 「ちょっと、待て...」 「それから鋸でぎこぎこ...」 バンと机を叩いて、サエリが立ち上がった。みんなびくっとしてサエリの方を向いた。サエリはみんなを見回して言った。 「さあ、みんな、飲み物でも買ってきましょう。さあ、出た出た。血糖値が下がってると、ろくなことになんないのよね」 キャアコが提案した。 「血糖値を上げるんなら、食事にしますか?」 ほぼ全員がキャアコを振り返って叫んだ。 「嫌!」 脱力したようになって、全員が教室を出て行った。エリカは歩きながら、呟いた。 「なまってことなの...?」 耳聡く聞きつけたフーが嬉しそうに補足した。 「半分くらい食べても、もがき続けるそうだよ」 全員がフーを振り返り、誰が号令するでもなく、完璧なチームワークでフーを袋叩きにした。 |
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