白の魔歌 〜大学祭〜 p.9
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★ おじ様、お願い |
職員会議の席上で、アリサは学園祭の進捗状況について、報告を終えようとしていた。 「…以上のように、現在は概要がまとまり始めているところです。まとまり次第、またご報告いたします。また、学園祭の予算については、難しいということは重々承知しておりますが、ご検討をお願いします。幾らでも欲しいということではありませんが、せっかくの学生の意欲を削がないようにお考えいただけたらと思っています。不足分について、外部の協賛を得るという考えについても、よろしくご承認いただきたいと思っております」 とりあえず、誰も発言するものはない。学園長が話し出した。 「ご苦労様。どうやら夏休み前には形になりそうですね。内容の充実度からみて、実行委員会がかなり頑張ってくれているようだね。無理をしすぎないように気を付けてください。さて、こちらで考えなければならないことも、けっこうあるようですね。学生の全員参加の件と、全職員の参加ですか。これは、学園側で強制することは出来ませんねえ。休日のイベントですから」 「了解しております。あくまで、このような形で学園内に展開することを許していただければ、それで十分です。元々罰則もないので、実際の縛りはないに等しいので。ただ、教職員の方々へのお願いをしていただければ嬉しいのですが」 「わかりました。それはちゃんとしておきましょう。次に、後夜祭の件ですね。朝まで徹夜で、というのはどうもねえ。守衛さんの仕事が増えてしまうのも困るし、夜中に出て行った人たちがご近所をうろつきまわるのも困るしねえ」 「守衛さんに負担にならないように、やり方を検討します。出て行った人の対応は確かに難しいですが、出て行く時に一人一人にお願いして、問題が起きないようにしたいと思います」 「この件については、私が預かります」 教頭が口を挟んだ。 「私が納得できるような対応を確認できるまで、この件は保留とします。問題が学園内だけではないので、迂闊にOKは出せません。よろしいですね、学園長」 「そうだね。よろしいですか、アリサさん」 「ええ。こちらも、気がつかないところを指摘していただければ助かります。教頭先生、お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします。案をまとめたら、連絡さし上げますので、ご都合のいい時にお相手ください。夏休み明けになります」 「わかりました」 「えー、次は権限委譲ですね。これはよろしいでしょう。先生方も賛成しておられるようだし、お任せしてみましょう。ただし、今回何か問題が起こるようなら、今後一切認められなくなる可能性がありますよ。それは承知しておいてくださいね」 「はい。自治会一同、それは肝に銘じています。ご迷惑のかからないようにします」 教頭が再び口を挟む。 「先生方はみんな信用されて、かなり自由にやらせているようですが、節度を持って、締めるべきところは締めていただきたいですね」 学園長は頷きつつ、レジュメに目を落とした。 「花の道ですか。これはいいでしょうね。現実的な範囲で考えてもらえればね」 「最近は、学校の近くのお宅にお邪魔して、花の植付けをお願いしている生徒もいるようですね。くれぐれもご迷惑をかけることのないようにして下さい」 教頭が言う。アリサは頭を下げた。 「了解しています。無理に進めることはしておりません。賛同していただけた方だけにお願いするようにしてもらっています」 「まあ、多少行き過ぎがあったりして、問題になったらすぐこちらに連絡してくださいね。こちらからもお詫びに伺いますから」 学園長が言う。 「悪い報告ほど、早くしなければならないと考えています。ご迷惑をおかけしてしまうような時は、すぐに連絡をさし上げるようにします」 学園長は頷いた。 「それと、予算ですか。残念ながら、これは無理です。予算については、昨年度中に検討して、すでに理事会を通って承認されてしまっていますからね。もっとも、今年は例年より少し多めになっています。昨年から、アリサさんやクレハさんが、理事の皆さんにお願いして回っていたからでしょうね、これは」 「おそれいります」 アリサは澄まして頭を下げた。クレハが口を挟んだ。 「それで、予算はいつ頃確認させていただけるでしょうか。そろそろ配賦を考えないといけませんので」 「ああ、それならすぐにでもお渡ししましょう。渡辺さん、すぐにお渡しできるかな」 「用意してあります。後でお渡ししましょう」 クレハは渡辺に頭を下げた 「ありがとうございます。これが終わったら、いただきます」 「外部の協賛については、例年あることですから、もちろん認められますが、どうも例年以上のことを考えているようですね」 教頭が後を継いだ。 「うちは、伝統のある学校ですから、あまり馬鹿なことはしないでいただきたいですね。学校全体の品位を下げてもらうようなことがあっては困りますから」 「大丈夫です。私自身、この学校に誇りを持っています。みんながさらにこの学校に誇りが持てるような学園祭にするのに、馬鹿なことはいたしません。これはお約束します」 学園長が、アリサの剣幕に微笑んだ。 「今考えているのは、OGの方々への協賛の依頼です。いくらかでもカンパしてもらえれば、金額よりも、気持ちの方が盛り上がりますので。一口千円でお願いしようと思っています。」 教頭が言った。 「大変だな、それは。募金をお願いするときは、実行委員として動くより、自治会として動いた方がよさそうですね。その方が不審感がないでしょう」 「なるほど、確かにその方がいいですね。ありがとうございます。それで検討してみます。カンパを募ることに問題はないですね?」 学園長が言った。 「卒業していった方々が、在校生の催しに力を貸すというのは、気持ちのいい風景だと思います。問題はありませんね」 「ありがとうございます。こちらからのお願いは以上ですね。何か、皆様からのご質問等ございましたらお答えしたいと思います。何か、ございますか?」 教頭が咳払いをして話し出した。 「噂によると、テレビでの宣伝や、アドバルーンを上げることまで考えているようですが、くれぐれもバカな振る舞いはしないように。先ほども言ったとおり、皆さんは伝統ある宮木学院の学生なんですからね」 アリサは黙って頭を下げた。クレハも筆記をやめ、頭を下げた。 「それでは、よろしくお願いします」 学園長が声をかけ、二人の出番は終わった。二人は荷物をまとめ、扉のところでもう一度礼をして、出て行った。二人が出て行った後、学園長が苦笑しながら、教頭に声をかけた。 「教頭先生、ドラマじゃあるまいし、一人で文句を言って嫌われる教頭を地で行くことはないでしょう」 「いや、けっこうこの役は面白くて、気に入ってるんですよ。実際に、こんな気持ちで全国の教頭先生は嫌われ役を引き受けているのかもしれませんね」 教授連はどっと笑った。教頭は顔を引き締めて言った。 「いや、今年の学生はなかなかやりますよ。皆さんも心して立ち向かうようにお願いします。油断すると、こちらが迷惑をかけてしまいますからね」 |
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アリサは呟いた。 「いったい、どこから...それにしても侮れないな、あのおっさん」 「おっさんはやめなさいよ」 クレハが苦笑して言う。アリサは首を捻った。 「情報ソースが気になる。どうやら委員の中にスパイがいるな」 「実は私なの」 「クレハ?」 「先に知っておいてもらった方が、いきなり切り出されるより当たりが柔らかくなるでしょ」 「ああいうタイプが好みだったのか」 「話をきけい」 「まあ、確かに、いずれわかることだしね。先に言った方がいいよな。あたしも考えたんだけど、それじゃ幾らなんでもバカだしね。そうだ、予算は?」 「そうね」 アリサとクレハは、廊下の途中で止まって、額をくっつけ合って覗き込む。 「あら、けっこう」 「一割も出てるな。なんか、自分のしゃべくりに自信が出てきちゃったな」 「こちらの誠意を組んでくれたんでしょう」 「でも、これじゃあいよいよ、いい加減なことは出来ないね」 「する気もないくせに」 「まあ、気合を入れたと思ってくれ。みんなにも伝えて、はっぱをかけるぞ」 「御意」 二人は傾き始めた初夏の日差しを浴びながら、歩いて行った。 |
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喫茶店にて。スリムジーンズに太いピンクのボーダーのTシャツを着たエリカが、タウン誌を開いて笑っている。一緒にいるイガに、それを見せている。イガも覗き込んで頷いている。 ムサシが自分のアパートでレポートを書きながらラジオを聴いている。はっと顔をあげ、ラジオに聞き入る。聞き終わって、にやりと笑って立ち上がり、コーヒーを入れに行く。 かっちりとしたツイードのスーツに身を包んだノダが、学園のホールの入り口に立って新聞を開いている。眉間にしわを寄せ、むっつりとした顔で読んでいる。読み終わり、頷いて新聞を閉じ、畳んで脇の下に挟んで、急ぎ足で歩いてゆく。 |
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