微量毒素

白の魔歌 〜大学祭〜 p.10


魔歌 大学祭・目次 back next

★ ドグ・ラ・マ・グ(1)

「ごめんなさい。使える伝手を使いまくって、ドグ・ラ・マ・グラさんと交渉するところまでは漕ぎ着けたんだけど、どうしてもOKしてくれないの」

 ミーハー研究会のケイが自治会室の椅子に座って頭を抱えていた。クレハはふんふんと頷いて聞いている。

「伝手を使ったのが、かえって悪かったみたい。しょっちゅう聴きに来ているんだったら、何でその時に言ってこないんだ、って。よく知りもしないくせに、名前が売れたからっちゅうて来るんじゃろ、って。その後もいろいろ言ったんだけど、そんな能書きだけなら音を聴かんでもいくらでも言えるやろ、って」

 ケイは傷つき、疲れ切っている。バイトで稼いだ金で、全国ツアーまでドグ・ラ・マ・グラを追っかけてゆくヴァイタリティ−を持っているケイだ。多少のことで弱音を吐くことなどないのだが。クレハは聞いた。

「それで、何回くらい行ってみたのさ」

「4回。いつも会ってはくれるの。でも、もう何を言っていいのか、わからなくなっちゃった。私の言うことが全部、はね返って来ちゃって、どんどん私の印象が悪くなっていって」

「他の人に頼めば?」

 クレハの言葉に、ケイは憤然と顔を上げて言った。

「そんなことしたら、いよいよ私の誠意がなくなっちゃうじゃない!私が最後までやらなきゃ、もう相手にしてもらえなくなっちゃうよ。でも、もう次に何を話していいのか、ぜんぜん思いつかないの。ごめんね、愚痴を聞いてもらって。でも、相談すれば何か思いつけるかと思って」

「また、行くの?」

「当たり前でしょ。まだ諦めちゃいないわよ。ちょっと弱気には、なっちゃってるけどね...」

「弱気にもならあね。惚れた男に嫌われ続けりゃさあ。それでも諦めないのが、あなたのいいところだよ、ケイ」

 黙って聞いていたアリサが割って入った。

「私が嫌われるだけなら慣れてるんだけどさ。せっかくみんなに聴いてもらえるのに、聴いてもらえば好きになってもらえるのに、って思うと諦め切れなくてさあ」

「うん。その覚悟や、よぉし!あなた、話が下手なんだよ、きっと」

「一所懸命調べて、戦略練って行ってんだけどな」

「それが悪いのかな」

「え?」

「あなたの誠意が伝わってないんだよ、相手にさ」

「誠意ねえ...」

「もっと自分の気持ちをぶつけなくちゃ。ちゃんとやってる?」

「やってるつもりなんだけど...」

「よっしゃ、今度私がついて行って、見極めてあげよう。次はいつ行く気?」

「え、ああ、次のライブは木曜日だから...」

「あさってか。何時から?」

「いつもライブの前に会ってもらってるから、5時過ぎに行けば、どこかで時間をとってくれると思う」

「わかった。行こう」

 クレハが声をかけた。

「私は?一緒に行こうか?」

「あんまり多勢で押しかけると、ケイの誠意が疑われちゃうし。女子大生はいつもつるんでると思われるのも癪だしね。二人で行くわ」

「わかった。じゃあ、ケイ、よろしくね。こいつが暴走したら、ちゃんと押さえるんだよ」

「自信ないな。いっしょに暴走しちゃうかも」

「上等。じゃ、木曜日、4時頃に出ればいいかな。ここに来て。場所、知らないの」

「カタコンベを知らないの?」

「うん。そんな暇なくって」

「自治会も大変なんだね。アリサ、男もいないしさ」

「ほっとけ。それでさ、どんな服を着てけばいいのかな。やっぱりドレスでないとまずいの?」

 ケイは左手で額を掴み、クレハを振り返った。

「信じられない。こいつ、これでも今時の女子大生なの?」

「まあ、世の中には色々と信じられない事象が存在するからねえ。私はもう慣れちゃったよ」

 ケイは手を下ろし、今度はクレハをまじまじと見つめた。

「ちなみに、クレハは?まさか、クラブに行ったことくらいあるわよねえ」

「最近はちょっとご無沙汰だけど、カタコンベは週1くらいかな。たぶん、この街で行ったことのないクラブはないわね」

「よかった、まともだ...」

 ケイは安堵の吐息を吐いた。クレハは苦笑した。

「何でそれがまともよ。まあ、服装は少しイケイケ風でいいんじゃない?」

「イケイケは古いでしょ、クレハさん」

「こいつにわからせないといけないでしょ」

「ね。イケイケって何?」

 ケイはがくっと首を落とした。クレハは微笑みながら言った。

「ね?」

「絶滅危惧種か、こいつは...」

「さっきから、ものすごく失礼なことを言ってるでしょ、あんたたち!」

「悪口には敏感なんだよな」

「クレハ!まあ、いいか。それで、どんな格好で行けばいいのさ。なんか、ドキドキしてきちゃったよ」

 怒りより、衣装についての不安のほうが勝ったようである。クレハは腕を組んだ。

「そんなに特別な格好はないんだけどね、踊れるような格好がいいよな」

「じゃあ、やっぱりドレスじゃん」

「どういう踊りをするつもりでいるのよ」

「じゃあ、レオタード?」

「受けるだろうけど...あんた、それで行けるの?」

「ちょっと恥ずかしいなあ」

「ちょっとかい!って、ここで突っ込んでもしょうがない。そう、エリカがしてるような格好。あれを参考にしなさい」

「エリカねえ...」


「クレハさん、ちょっと変なんですけど」

「何が?」

「なんか、今日、やけにアリサさんの視線を感じるんですけど」

 クレハがアリサを見ると、アリサは椅子の上に正座して、背もたれの後ろに隠れるようにして、じっとエリカを見ている。

「気のせいなんじゃない?」

「そうですかね〜」

 エリカは不審そうにアリサのほうをちらちらと見ていた。クレハは笑いをこらえるのに苦労していた。アリサはじっとエリカを見続けていた。


「ねえ、私、変じゃない?」

 アリサはケイの前で服を気にしていた。

「ううん、ぜんぜん、大丈夫。すごくいいよ」

「よかった...」

 アリサは昨日一日、エリカの格好を研究して、自分の持っている一番短い、鮮やかな黄色のミニスカートと、白いオーガンジーのブラウスを合わせていた。靴は白のパンプスである。口紅はオレンジだが、化粧は薄い。元々、あまり得意ではないのだ。

「じゃあ、後は待機してればいいね」

「うん。OKになったら、連絡してくれることになってるから」

「緊張するな、やっぱり」

「アリサでも緊張するの?」

「何をおっしゃいますやら。私は何をする時でも、相応に緊張してるわよ」

「いつも自信たっぷりに見えるから、アリサはそういうことはないんだと思ってた」

「知らないの?白鳥は優雅に見えても、って」

「下から見ると大笑いってやつ?」

「ちょっと違う気もするけど、そんなもん。私は、日々これ緊張の連続の中にあるのよ」

「だからそんなに元気なんだね」

「女子大生はみんな元気だよ」

「そうかも」

 二人は笑いあった。


「また来とるんか、あの姉ちゃん」

 リーダーは感心したように言った。

「よう続くな。根性あるわ」

「リーダー、もういい加減OK出したらどうですか。あの子、よくライブにも来てますよ。俺、顔覚えてるもん」

「あいつはまだ根性据えとらん。そんな奴に乗せられて、ほいほいと行ったかて、あれがちごうた、これが足りん、で、こっちが振り回されることになるわ。何がしたくて、こっちに何をして欲しいのかをしっかりもらわんと、うちのグループを連れてくわけにはいかん。こっちはめっちゃ自分らをぶちこむんや、呼ぶほうにもがっつりと根性据えてもらわな、おもろくならないんや」

「またリーダーが語ってるよ」

「リーダー、きょうは二人だって」

「人海戦術かいな。いよいよスカやな」

「二人で人海戦術はないでしょう。やるならもっと連れてくるんじゃない?」

「まあ、ええ。話は聞いたるて言ってあるからな。とりあえず、聞きまひょ。今度は何を言うてくるんやろな」

「悪趣味だぜ、リーダー」

「知らんわ。とにかく、聞いてみよ」


 アリサはケイに連れられて、控え室に来た。狭い通路を物珍しそうに見回しながらついてくる。

「ここよ。ここが控え室」

「せっまー。で、男くさー」

 ケイはアリサを押し戻した。

「何よ」

「あんたは、ドグ・ラ・マ・グラさんのメンバーが目に入らんのかい!」

「えっ、この小汚い青年諸君が...裏方さんじゃないの?」

「ゥアリサ!」

 激昂するケイを無視して、アリサはドグ・ラ・マ・グラのメンバーを見回した。

「初めまして。アリサと申します」

 アリサをつくつくと眺めていたリーダーが言った。

「すごい格好しとるんな、自分」

 アリサは愕然としたようだ。

「変ですか?私の格好。ずいぶん研究したんですけど」

「変じゃないよ、お嬢ちゃん。なかなかいい感じだよ」

 メンバーがとりなすが、アリサは真剣な顔でぶつぶつ言っている。くるりと振り向き、ケイに向かって小声で言った。

「ケイ、あんた、これでおかしくないって言ったじゃない!」

「だから、おかしくないって。ちょっと派手目だけど、オッケーだよ」

「ほんとに?」

「本当よ。おかしい格好の奴を連れてきたら、困るのはあたしよ。信用しなさい」

「それもそうか。わかった」

 アリサは向き直った。

「え〜、おかしくないということがわかりましたので、お話を続けさせていただきます。よろしいですか?」

「服がおかしいかどうかわかんないなんて、今時珍しいんじゃない?」

 メンバーの言葉に、ケイが答えた。

「真面目な子で、クラブ系はまったく出入りがないんです」

「ちょい待ち。なら、うちらのことも知らんわけやな」

「お顔を拝見するのは、これが初めてです」

「ライブも見たことないんやな」

「はい」

 リーダーはケイを振り返って言った。

「何でこんな奴を連れてきたんや。わしらのことも知らん奴を連れてきて、何の話をするつもりや。あんた、何考えとんのや」

 ケイはまた辛そうな顔をして黙り込んだ。アリサは、その様子を見て頷いた。

「なるほど、これか」

 アリサはリーダーの方を見て言った。

「あなたがリーダーですね。私はドグ・ラ・マ・グラさんに、学園祭に出ていただけるよう、説得させていただくために来ました。彼女はいやだと言ったんですが、無理やり来たんです。彼女の咎(とが)じゃありません。まず、私の話を聞いてください」

「聞くのは構わんけど、なんで俺がリーダーやて思ったんや」

 メンバーが笑いながら言った。

「そりゃ、態度がこれだけ偉そうならねえ」

「口数が一番多いしな」

 アリサは首を振った。

「グループの中には、リーダーより偉そうな人も、口数が多い人もいることがあります。そんな薄弱な理由じゃなくて、もっと明確な理由があるんです」

「何やの、それ」

 リーダーはつい耳を傾けた。メンバーも聞きたそうにしている。アリサは全員を見回して、言った。

「実に簡単なことです。リーダーさんが上座に座っているからですわ」

 それを聞き、メンバーはみんな首を垂れた。リーダーは慌てて立ち上がり、回りを見回して言った。

「ここ、上座やったんかい!気づかんかったわ」

「アリサ...」

 ケイが力なく声をかけた。アリサはケイにウィンクして言った。

「大丈夫。話はこれからだからね」


魔歌 大学祭・目次 back next

home