微量毒素

白の魔歌 〜大学祭〜 p.11


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★ ドグ・ラ・マ・グラ(2)

 アリサはメンバーに向き直り、テーブルにバンと手をついた。

「とにかく!リーダーは当たりました。結果オーライと言うことで、話を続けさせていただきます。よござんすね?」

「ああ、まあな」

 リーダーも毒気を抜かれてしまったようである。アリサは少し考えて、話を始めた。

「最初に、この子の弁護をさせていただきます。この子はずっとドグ・ラ・マ・グラさんのファンで、皆さんのことを誰よりもわかろうとしています。ただ、口が下手だからうまく通じさせられない面はあります。黙り込んじゃ、伝わりませんよね。でも、この子の誠意は、わかってあげて下さい」

「友だちを庇いにきたんか?お気楽やな、あんたらは」

「違いますよ。行きがかり上、この子の弁護をさせていただきましたが、この子は別に友だちでも何でもありません」

「何やて?」

「私はこの子の尻拭いをしに来たんです。このままだと学園祭に穴が開いてしまいますので。申し遅れましたが、私、学園祭実行委員長のアリサと申します。よろしくお願いいたします」

「ああ...それはまあ...よろしゅうに」

「先ほどリーダーさんが言われたように、私はドグ・ラ・マ・グラさんのことを、まったく知りませんでした。その私が、なぜここにお願いに来たかというと、簡単に言えば、この子に洗脳されたからなんです」

 アリサはケイを指し示した。

「この子は、今年の学園祭にお呼びするのは、ドグ・ラ・マ・グラさんしかいないと、毎日私のところに来て、言います。音楽テープも貰って、毎日聞くように強制されています。ドグ・ラ・マ・グラさんのライブでの出来事を、色々聞かされます。こちらは聞きたくもなかったんだけど。」

「そりゃ、そうやろな...」

「ところがある日、私はこの子がまくし立てるドグ・ラ・マ・グラさんのライブの出来事について、自分が知っていることのように話しているのに気づきました。そうです、私はライブも見ず、お会いしてもいないドグ・ラ・マ・グラさんについて、この子と嬉しそうに話をしていたんです。いつの間にか、曲も全部覚えていて、見てもいないライブにも行ったことがあるような気になっています。これが洗脳じゃなくて何でしょうか。この子は、それくらい、ドグ・ラ・マ・グラさんにのっこんでいるんです」

 リーダーは、アリサの言葉をいなすように言った。

「それだけの思いがあるんやったら、何で本人から伝わってこんのや。あんた、あることないこと言うてるんちゃうん?」

 アリサはリーダーの目をじっと見て言った。

「リーダーさん、もし好きな女の子がいて、その子と一緒に学級委員になったとしますよね。そしたら、しめたとばかりにその子とお話できますか?自分の気持ちを伝えられますか?出来ないでしょう。誰でも、本当に好きな人には、自分を伝えられないんです。それをわかって上げてください」

「んんん、なるほど。それはようわかるわ。よしとしよう。でもな、俺がOKできないんには、それなりの理由がある。そいつの覚悟が足らんのや。さっきの話な、気持ちを伝えられないんはわかるけど、それは本当に求めてないからやないのんか。告白したら、傷つくかもしれんな。目を伏せてれば自分は傷つかんで済むやろ。でもな、目を伏せて済ませられるような、その程度の気持ちなら、うちらは出演できん。そこんとこ、考えて欲しいんや」

 アリサは頷き、ケイを振り返った。

「わかった?ケイ。あんたのやるべきこと」

 ケイは頷き、目を潤ませた。

「ありがとう、アリサ。私...」

「まだ、感動のシーンじゃないから、泣きは入れないで。さて、リーダーさん、本題に入りましょう。ケイは私が望む以上のことをやってくれます。それを考慮いただいて、何とかうちの学園祭に、出演していただくわけにはいかないでしょうか」


「あんたはなかなか面白い姉ちゃんや、っちゅうことは存分に納得できたわ。つかみもうまいし、話もなかなかや。けどな、これはわいだけの問題やあらへん。ドグ・ラ・マ・グラっちゅうチームとしての問題や。わいはこのチームにのっこんどる。ちょっと綺麗な姉ちゃんがお愛想振りまいて来たぐらいじゃ、よう動く気になれへんのや」

「それこそ、ケイから聞いたとおりです。そういうグループだとお聞きしたからこそ、ぜひともドグ・ラ・マ・グラさんに、学園祭に来ていただきたいんです。私も、学園祭実行委員長として、学園祭に、命かけてますから」

「気楽に命かけるてゆうな、自分。言葉ってもんは重いもんやで。お気楽にゆうてもろたら、腹たつで」

「お気楽には言ってません。私はこの学園祭を成功させるために、1年のときから自治会に入って、色々と動いてきたんですから。予算もがっちり確保したから、有名なグループとかを呼ぶことも考えたんですが、うちの学園の学園祭をいい方向に持っていくためには、ドグ・ラ・マ・グラさんにきていただくのが一番と判断したんです」

「何や、恩着せがましいな。これだから、お嬢さん方とのお付き合いは御免こうむりたいんや」

「失言でした。学園側としては、単純に有名人を呼べば、お客さんも多勢来てくれると考えたようなんですが、それでは、私たち学生が主導する意味がないんです。だからこそ、その筋の権威のケイに紹介された、ドグ・ラ・マ・グラさんに来ていただきたいんです」

「鼻息はようけ荒いな。でも、俺らには俺らのポリシーってもんがある。お嬢さん学校のお遊びのおつきあいは勘弁や」

「そのポリシーごと、来ていただく訳にはまいりませんでしょうか。そういうポリシーを持った音楽こそ、今度の学園祭に必要なものなんです」

「そない言うて、本当に受け入れられるんか、あんたらに。あんたらのお遊びに付き合って、うちらがいいことあるのんか」

「今年の学園祭に参加したメンバーは、みんなドグ・ラ・マ・グラさんの熱烈なファンになります。そうなるように、作り上げていきます」

「口では何とでも言えるがな。参加するメンバーやて、全体の3割もこおへんのとちやう?」

「全員参加です。それでなきゃ、意味がないから。みんな、きっといちばんいい思い出とあなたたちを結びつけることになります。私たちは、きっとそういう学園祭にします」

「あんたも相当なアホやな。なんでそないに熱くなるん」

「バカに徹して、なんとしても成功させたいんです。お願いします!」

 いつの間にか、アリサはテーブルに手をつき、リーダーに向かって身を乗り出していた。そこへ、カタコンベのスタッフが顔を出した。

「そろそろ出番だぞ...おい、お姉ちゃん、そのスカートでそんなに尻を突き出したら、パンツが見えちまうぜ」

 アリサはリーダーから目を離さず、言った。

「見ないでください。よろしく」

「わかった。じゃあ、出番だから、よろしくな」

 スタッフは顔を引っ込めた。アリサも身を引き、咳払いをしながら服を調えた。


「長い時間、お話を聞いていただきまして、ありがとうございました。それでは、また伺いますので、よろしくお願いします」

 アリサは頭を下げた。ケイも頭を下げる。リーダーは立ち上がりながら、その二人に声をかけた。

「もう来んでええで」

 顔を上げるアリサ。アリサの瞳が、まっすぐにリーダーに向かっている。瞳が光るほどの気迫が感じられる。リーダーは肩をすくめて、その視線をすっと外した。

「引き受けるさかい、もうこんでええ、ちゅうこっちゃ。こまい話はあんた、うちらの大ファンだっていうねーちゃんとするから。あとで打ち合わせのスケジュールを決めるで。いつがええかな」

 アリサは呆然とした。ゆっくりと、ケイを振り返る。ケイも目を丸くしている。アリサはもう一度リーダーを見た。そして、日が昇るように、アリサの頬に赤みが差してくる。アリサはつかつかとリーダーの元へ近寄り、リーダーの手をとって握手をする。何か喋ろうとして、口を開けるのだが、言葉が出てこない。アリサは繰り返し、握手をする。何度も、何度も。

「今日は見てってくれるんだろ、ライブ」

 メンバーが声をかけた。ケイがハッと硬直からとけて、頷いた。

「はい。今日は最後まで見させていただきます」

「あんたは?」

 アリサは水分を多く含んだ目を向けた。

「ひどい不意撃ちだわ...あんたたちのリーダーって最低ね。ええ、もちろん最後まで楽しませていただくわ。なんせ、学園祭の目玉商品の下見なんだから」

「言うねえ。まあ、しょんべんちびらない程度に楽しんでな」

 アリサは右手を伸ばし、親指をピンと立てた。

「お小水をちびるくらい、楽しませてね」

 メンバーの一人が噴き出した。

「よう、言いおったな。覚悟しとけや、ねえちゃん」

「アリサです。名前を覚えろとは言わないけど、この顔は覚えておいてくださいね。また伺いますから」

「もう、ええっちゅうたろ」

「いいえ、今度は私が楽しみにくるんです。みんなを連れて」

「よっしゃ。みんなまとめてちびらせたるで」

 アリサは中指をピッと立てて言った。

「替えのパンツ、用意させます」


 その晩のライブは、メンバーがのりまくっており、異様な盛り上がりを見せることになった。そしてライブの途中で、リーダーが、今年の宮木学院の学園祭でライブをすることを告げ、みんなに参加を促した。アリサとケイは、思いもかけないことに驚き、喜んだ。ライブが終わり、アリサはふらつきながらケイに支えられ、表に出た。外はもうすっかり夜。アリサはライブハウスの壁に寄りかかり、上半身を倒して膝に手をついていた。二人とも、呼吸が荒い。アリサはそのままの姿勢で、ケイに声をかけた。

「ケイ、よかったね」

「アリサ、全部あんたのおかげよ。ありがとう」

 アリサは顔を上げた。

「そりゃ、違うわよ、ケイ。あんたがこのグループを推してくれたからここまで来たんだもん。私はただ、交渉事の手伝いをしただけ。あんたのおかげよ。でも、わかってる?」

「もちろん。大変なのはこれから。ドグ・ラ・マ・グラさんの信頼を損なわずに、本番まで引っ張っていくわ。アリサの名誉のためにも」

「そんなんはいいから。ケイ、あんたの名誉のために頑張って。それさえ約束してくれれば、私は安心してあんたに任せられるから」

 ケイはそれを聞いて、深く頷いた。

「わかった、アリサ。私は、ミーハー研究会の全精力を注いで、このイベントを成功させて見せる。私の名誉にかけて」

 アリサはにっこりと笑った。そして、右手を伸ばし、親指を立てる。ケイも右手を伸ばし、親指を立てて、アリサの拳にぶつけた。初夏の夜は爽やかな風を含み、二人の回りに満ちていた。


「おりゃ、あん時、あの子がリーダーに握手した時、リーダーが押し倒されるかと思ったぜ」

 ライブ終了後、ドグ・ラ・マ・グラのメンバーの一人が感想を述べた。

「あほいうな...てえか、実は、わいもそない思もて、びびったわ」

「ものすごい迫力でしたね。リーダーがきついことを言っても、一歩も引かずに」

「あの時は泣くかな、と思ったけど」

「鋼鉄の乙女かね」

「おまえら、そないに見る目がないさかい、女にもてんのや。あの女はな、全身の99%が涙で出来とんねん。そやから、あそこまで出来るんや」

「リーダーが女にもてんのは見たことないけど、そりゃ言えるな。いい女だ」

「あの手はな、男にしたら人が何ぼでもついてくるねん。ほんとに、女にしとくのが惜しいで...」

「リーダー、それはセクハラって言うんだぜ。今時は」

「なんや、それ」

「セクシャル・ハラスメントっていってな、男女の違いを悪用したり、からかったりしたらいけないんだそうだ」

「何言うてんねん。セクシーな女をハラマスんは男の甲斐性やろ」

「リーダー、あぶない」

「こりゃ、現場じゃリーダーの口をふさいどかんとな」

「なんでやねん」

 学園祭参加に向けて、メンバーの中で意思の不統一はない。メンバーの呼吸はぴったりと合っている。

「これなら、いけそやな。おもろいことになりそうやで」

 リーダーの言葉に、メンバーはみんな頷いた。


 ガーデニング研究会のメンバーも、多忙を極めていた。6キロを埋めるだけの花が必要だが、それだけの予算はどこを振っても出てこない。メンバーは町中の種苗店を回り、古い花の種を無料で分けてもらうことにした。地元のメンバーも近所にあたり、花の種を分けてもらったり、とらせてもらったりして、埋めていく作戦をとった。それだけの花を苗にするような場所はないので、植えられるところに直播きして、面倒を見る。ほとんど毎日、ガーデニング研究会の誰かが見回っている。

 個人のうちも回って、栽培をお願いしていく。たいていは快く引き受けてくれるが、なかには難しい家もある。ある住宅地では、これでもかというほど、様々な花が咲き乱れている庭が道に面してありながら、絶対駄目というおばさんがいる。その人を恐れて、周りの人も引き受けてくれない。部員たちは、密かにGおばさんと名づけた。Gは頑固のGである。それでも、アカネは何度もお願いに行く。部員たちは不思議がるが、アカネは言う。

「なんか、あの人は手伝ってくれそうな気がするんだ」

 確かに、連日アカネが尋ねて行っているのに、学校にねじ込む様子もない。

「だって、あんなに綺麗な花を育てているんだから」

 アカネは言う。そして、今日も水遣りと見回りがてら、アカネはGおばさんのうちによるのだ。


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